「リリース」(草野たき)

リリース (teens’ best selections)

リリース (teens’ best selections)

主人公は中学2年生の明良。医者だった彼の父親は、彼が生まれた日に交通事故でなくなっていました。そのため明良は、父の遺志を継いで医者になることを親戚中から期待されて育ちました。しかし中学生になってバスケ部に入り、NBAの選手の選手になりたいという夢をひそかに持つようになります。
そんな彼の日常が音を立てて崩れていくのが序盤の展開。一回戦負けが当たり前だったバスケ部に強豪校から転校生がやってきて、いままでやる気のなかった部の空気が変わりそうになってしまいます。明良は本当は真剣にバスケに取り組みたかったのに、やる気のない部になじむふりをしていました。しかし強い選手がやってきて自分のレベルアップできるのではないかと期待を抱き、他の部員には本心を隠して転校生に接近していき、案の定墓穴を掘ります。
さらに厄介事は続きます。同学年の篠田さんに兄が万引きをしているという弱みを握られて、いろいろ不可解な要求をされることになります。母と明良を懸命にサポートしてくれていた兄の意外な行動の理由と、弱みを握って近づいてきた篠田さんの意図がわからず、明良の悩みは深まっていきます。
いろいろと興味を引く謎が序盤からばらまかれていて、草野たきの作品の中では読者をエンターテインしようという意思が明確に打ち出されており、ページをめくらせる力は強かったです。兄や篠田さん、転校生、母親、それぞれが秘密を抱えていて、他人がわからないものであることのおもしろさと恐怖を味わわせてくれます。実は主人公の明良も自分を偽って医者を目指すふりをしたり、やる気のないバスケ部に適応しているふりをしたりしているのですが、そこはあまり反省せず、他人にだまされていたことに憤慨する勝手さがいかにも反抗期で面白いです。
中盤の山は、親戚中の反対を押し切って強行された祖母の再婚式の場面です。ここで今まであまり存在感のなかった母親が衝撃的な事実を暴露してしまい、明良の日常は完全に崩れ去ってしまいます。
この暴露は物語の核心部分なので、ここからは少しぼかした書きかたをします。子供は多かれ少なかれ大人から理不尽に役割を押しつけられるものです。しかし明良の場合は、その承服しがさ尋常ではありませんでした。最も信頼していた人物からあまりに人間味のない理由で理不尽な役割を割り振られていたとしたら、思春期の少年のアイデンティティなど簡単に崩壊してしまいます。こういう怖いことを平然と描いてしまえるのが、草野たきの恐ろしいところです。