「草の上で愛を」(陣崎草子)

草の上で愛を

草の上で愛を

第50回講談社児童文学新人賞佳作受賞作。頭がよすぎるがゆえに周囲から浮いてしまうチイちゃんと繊細なカン子、ふたりの女の子の友情がカン子の一人称で語られます。
小学校で仲のよかったふたりは、別の中学校に分かれてしまいます。しかしチイちゃんの誘いで競馬場通いという共通の趣味を得て、ふたりの交流は続いていきます。
競馬という珍しい素材が目に付きますが、繊細な女の子の視点で描かれたYAという点ではいかにも講談社児童文学新人賞といった感じの作品です。
ただし、小学校六年生から高校までという物語内の時間が長くて、全体的に散漫な印象がぬぐえません。いろいろ事件は起こるのですが、たったの数行で数ヶ月の時間が流れるということが繰り返されるのが問題です。そこはもっと語るべきだろうとか、逆にそれは唐突過ぎはしないかとか、読んでる最中はストーリー運びに不満が感じられました。
ところが不思議なことに、本を閉じてから内容を思い返してみると、つらいことも楽しいこともいろいろな思い出が強く印象に残るいい話だったような気がしてくるのです。選考委員の石井直人は作品のそういう特性を見抜いていて、選評で「読者は、読んでしばらく時間がたつとあれこれ忘れてしまって、この作品って何だったっけ? と思い返すことになるのだけれど、これは、ああ、そうそう競馬場の話ね、と、芝生、草、緑といった光景がぽかりと浮かんでくる、そういう良さがある」と述べています。
この作品は現在にも未来にもあまり興味がなく、過去のみを重点的に描いているようです。だから読了後に真価を発揮し、読者の回想の中で輝きを見せるのでしょう。ただ、YA向けの作品に過去を振り返ることに特化した手法が使われるのが適切かどうかは判断の分かれるところだと思います。