「そばにいてあげる」(橋本香折)

そばにいてあげる

そばにいてあげる

橋本香折(現小森香折)の初期短編集です。作品としては無防備すぎやしないかという懸念が感じられるくらい、ナイーブな感性がむき出しにされた魅力的な作品が並んでいます。
ジョーカー」と「ささくれハートの女王様」は、何をやっても悪くとられてしまう少女と、暗い気持ちを抱えているのに「いい子」扱いされる少女をそれぞれ主人公にした連作です。自分を規定しようとする周囲の視線に押しつぶされそうになりながらも、したたかに自尊心を守ろうとする子供の姿が、痛々しく輝かしく描かれています。
「ビター・ハーフ」は、自分の流す血を嫌悪する少女の話。彼女はけがをした少年の流す血があまりにきれいに見えてしまったので、思わずそれをなめてしまいます。

まことはその傷口から目が離せなかった。なんてきれいな血の色なんだろう。赤いルビーのような血。まさしく、血が血であるための色だ。自分が流すのも、こんなに美しい血であったなら。(p46)

初潮と性の目覚めを淫靡かつ爽やかに描き出しています。
問題なのは表題作の「そばにいてあげる」です。これは怖すぎです。名門私立中学校に入学した少女に初めてできた友達がストーカー気質の子で、せっかくの学校生活が台無しになる話です。その子が転校するというので喜んだのもつかの間、去り際に渡された人形が捨てても捨てても帰ってくるたぐいのやつで、おそろしい破局を迎えることになります。
ストーカーも怖いし、ストーカーに対して冷淡すぎる主人公も怖いのですが、ラストがそれに増してすごい。人形がいよいよ本気で殺しにくるクライマックスで意外な方向から裂け目が開き、不条理感が倍増されます。オーソドックスなホラーに、さらに得体の知れない悪意を混入して恐怖を増幅させることに成功した、得難い傑作です。
この展開は全然読めなかったのですが、あらためて最初から読んでみるとちゃんと伏線はありました。ラストを知ってから読み直すと冒頭からかなり不自然なことが書かれています。これに気づけなかったのは悔しいです。