- 作者: 有沢佳映
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/06/29
- メディア: 単行本
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まず、設定が秀逸です。修学旅行不参加者の代替授業という、多数派には未知の領域に目をつけたのは慧眼でした。学校はただでさえストレスフルな環境なのに、もう人間関係も固定されているこの時期に、あまり面識のないメンバーで狭い教室の中長い時間を過ごせというのは拷問に等しい状況です。その上、修学旅行で先生が出払っているため、残された生徒に対する監視の目は甘くなっています。いかにも事件が起こりそうなシチュエーションではありませんか。
実際に起こる事件はささやかなものなのですが、これがどこの学校でもありそうなリアリティを持っていて読ませます。そして、最後に伏線をきれいに回収して事件を解決させる手際も見事でした。講談社の新人賞の水準をきちんとクリアしている作品であることは確実です。
語り手の三浦佐和子は、怪我のために修学旅行を断念しました。ほかの生徒は不参加の理由とその子の個性が結びついているのですが、この事情は誰にでも起こりうることなので彼女の属性とは結びつきません。なので彼女は、比較的良識を代表する人物として造形されています。良識を代表している彼女は、世間を過剰に気にします。この三日間で残されたメンバーと必要以上に仲良くなってはいけない、特に女子人気の高い男子とうっかり接近してしまったらやっかいなことになると、この場にはいない大多数の修学旅行参加者に気を遣っています。
世間は遠く離れた奈良に行ってしまったのに(だからこそか?)、それに配慮しなくてはならない。世間と空間的な距離を置いたことで、かえってその影響力の恐ろしさを浮き彫りにしてしまったところに、この作品のおもしろさがあります。
最後に一点、作品の出来とはあまり関係のないことですが、設定に関する疑問を指摘しておきます。経済的な理由で修学旅行に参加しない生徒が児童養護施設に入所している子供だけだという設定に疑問を抱きました。親がいてもお金が無くて修学旅行に行けない子供はいくらでもいます。日本の貧困に対する認識が甘いように感じられました。