「わたしの世界一ひどいパパ」(クリス・ドネール)

わたしの世界一ひどいパパ ほか二編 (世界傑作童話シリーズ)

わたしの世界一ひどいパパ ほか二編 (世界傑作童話シリーズ)

フランスの作家クリス・ドネールが90年代に発表した作品が三編収められている短編集です。
まず、表題作の「わたしの世界一ひどいパパ」から見ていきましょう。この作品のすごいところは、タイトルに一切誇張がないことです。冒頭の一文を見てください。

わたしのパパはあまりにもひどいので、牢屋に入れられました。(p61)

子供の視点から、このあまりにもひどいパパの日頃のふるまいと、牢屋にいるパパに面会に行ってから起きた事件が平行して語られます。電車の中で下半身を露出したり、放火をしたり、薬物に手を染めたり……。
パパの所業は最低としかいいようがありません。こんなやつは一生牢屋につながれてればいいのにと思います。しかし一方で、パパの最低なふるまいがエスカレートしていく様子を見て、ある種のカタルシスが感じられたのも事実です。それに、子供は別段パパを嫌ってはいないようです。この子供の気持ちを想像してみると、多様な読みができそうです。
「弟からの手紙」は、弟が家出をした兄に海辺の別荘で過ごす夏の日々を手紙で報告するという形式の物語です。別荘の石垣に大勢の海水浴客が押し寄せてきてトラブルになり、別荘でのリゾートライフは最悪なものになります。この様子がユーモラスに語られているのが面白いのですが、話が進むに従ってなぜ兄が家出をしたのかが明らかになる構成もスリリングです。
兄は「重大なあやまち」を犯して勘当同然になっていました。そのあやまちとは、友達とキスをしたことです。弟にはそれがなぜいけないことなのかがわからないので、このような素朴な感想を抱きます。

ぼくは、そんなことは重大なあやまちとは思わないし、ちっちゃなあやまちとさえ思わない。だって、好きな友だちどうし好きなところにキスしちゃいけなかったら、みんな刑務所行きだよ。(p52)

訳者あとがきによると、兄のモデルは著者自身だそうです。家族愛と恋愛、人を愛することの意味についてしみじみと考えさせられてしまいます。
「ぼくと先生と先生の息子」は学校の先生に恋をした少年を主人公とする、私小説風の味わい深い短編です。
先生という外部の存在が導入されることで、親子関係のいびつさがあぶり出されていきます。父親は子供の成績にしか興味がなく、主人公が落ちこぼれると虐待を始めます。外で偶然主人公と母親が先生に会うシーンの緊張感やラストで描写される過剰な身体的接触を見ると、母親との関係もねじれているように感じられます。
収録されているどの作品も多様な読みの可能性を秘めていて、いい小説を読んだという満腹感を与えてくれます。この本が今年の翻訳児童文学の中で最大級の収穫であることは確実です。