『小さな町の風景』(杉みき子)

小さな町の風景 (偕成社文庫)

小さな町の風景 (偕成社文庫)

1982年に刊行された杉みき子の掌編小説集『小さな町の風景』が偕成社文庫になりました。内容はタイトル通り、ある町の風景をスケッチしただけのものです。それだけなのに、ささやかだけど圧倒的な物語が紡ぎ上げられているのです。
ある少年は電車を追って必死に羽ばたいているかもめを見て、力強く生きる決意をする。交差点の信号が流すかっこうの声を毎日聞いていたある少女は、いつもの場所で本物のかっこうが鳴いているいることに気づき、生命のあふれる世界に生きている実感を得る。日常の中にひそむ特別な瞬間を、杉みき子は実に見事に切り取ってみせます。彼女の感性と観察眼には感服せざるを得ません。
この掌編集の主人公となるのは少年少女たちだけではありません。鳥や樹木、さらには風見鶏や電柱、火のみやぐらといった無生物までが主役となります。掌編集全体を見渡すと、そういったたくさんのものたちで構成されている町が、有機的なつながりを持ったひとつの大きな生きもののように思えてきます。ここにあるのは純然たる生命への賛歌です。