『あの日、ブルームーンに。』(宮下恵茉)

あの日、ブルームーンに。 (teens' best selections)

あの日、ブルームーンに。 (teens' best selections)

炭酸水のようにあまく胸をこがす、極上の青春ストーリー。

このカバー折り返しの煽り文句からは想像しがたいハードな話でした。
勉強しか特技のない中三の少女が素行のよろしくない少年に恋をするという、表面だけみればありがちな話です。そして、ありがちな初恋物語としても非常によくできているのですが、それにしてはいささか過剰な毒が盛り込まれています。
相手の少年の家庭環境が複雑で、少女はなんとか手助けをしようと奮闘します。そしてものの見事に敗北します。
宮下恵茉作品では、自助努力でなんとかなることとならないこと、なんとかすべきこととそうでないことがきっちり峻別されています。子供向けになにかを語ろうとするとき、無責任な大人は「がんばればなんとかなる」という甘い嘘をつきたくなるものですが、彼女はそうしません。
デビュー作の『ジジ きみと歩いた』では、DV男を家族の自助努力で救おうとせず、しかるべき機関の手助けを借りて逃げることを選択させました。本作で少女はスクールカウンセラーをはじめとして専門家の手助けを求めますが、子供にできることはそこまでが限界です。子供だけではなく大人にも限界があります。専門家も第三者からの情報提供だけでは動けません。客観的な虐待の証拠がなければ、被害児童本人が助けを求めてくれないことには簡単に家庭に介入することはできないのです。
努力の限界を現実的に描いているところに、宮下恵茉の児童文学作家としての姿勢の真摯さがあらわれています。
そして最終章では、さらなる厳しい現実が提示されます。それまでは少女の現在進行形の語りでしたが、最終章では高三になった少女が中学卒業後を振り返る語りになっています。中学卒業後の3年間で少女はこの世の不条理と無常を知り大人になってしまったので、語りのトーンが全く変わってしまいます。感情を抑えた淡々とした語りになっており、そこから彼女を襲った事態の厳しさが推察されて、暗澹とした気分になってしまいます。
甘い初恋物語であると同時にリアリスティックな小説でもあるという、得難い傑作でした。