『カエルの歌姫』(如月かずさ)

カエルの歌姫

カエルの歌姫

性的マイノリティ当事者の視点から描かれた児童文学はまだ珍しいのではないでしょうか。この作品の主人公は、自分の身体に嫌悪感を抱いていて、女子になりたいという意思を明確に持っている男子です。
主人公の花咲圭吾は、カラオケで女性の声で歌うことをひそかな趣味にしていました。悪友の流之助から校内放送でアイドルをプロデュースしようという企画に誘われた圭吾は、正体は伏せた上で動画サイトに投稿していた自分の歌を聴かせます。これが流之助に絶賛され、謎の覆面アイドル「雨宮かえる」としてデビューして校内で大人気になります。しかし、人気が上がるにつれ圭吾はファンを欺いていることに悩みを深めていきます。かえるの正体を突き止めようとする生徒も現れ、圭吾は窮地に立たされることになります。
物語が進むに従って、圭吾はかえるに興味を持つ美少女水瀬さんと仲良くなっていきます。保守的な性規範を信奉する読者であれば、女を愛することによって圭吾が「正しい」男に成長するという展開を期待するでしょうが、そうはなりません。本作では社会的規範にとらわれない自由な性のあり方が提案されています。
ところで、如月かずさの第1作、第2作は怪談や都市伝説が現実化するような話でした。おそらく現実と虚構のあわいのようなものに関心があるのだと思われます。その流れをみると、第3作で「雨宮かえる」という虚構のアイドルを登場させたのは興味深いです。
「雨宮かえる」のCDを売り出す際、ジャケットには架空の美少女のイラストが描かれました。これは、実体はどこにもないのに美少女の図像を与えられている初音ミクを思わせます。初音ミクのようなバーチャルアイドルとして受け入れられることで、「雨宮かえる」の存在はいったん虚構化されます。性的マイノリティであるという現実的な問題に立ち向かう手段として、虚構の力を借りているのがユニークです。
もうひとつ、本作がアニメやゲーム、漫画、ライトノベルなどのオタク文化の影響下にあることも指摘しておかねばならないでしょう。本作にはオタク文化になじみがないとなにをいっているのかわからない小ネタがたくさん仕込まれています。
たとえば、傍若無人な悪友流之助の逸話として、アニメの影響でバンドを組んだり、夜中に校庭に忍び込んで意味不明の記号を書いたりしていたという武勇伝が語られます。これらがなにをなぞったものであるかは、わかる人にしかわかりません。
最近のライトノベルでは、こういった小ネタが仕込まれている作品が増えています。『生徒会の一存』『ラノベ部』『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(いずれも2008年から開始)あたりが代表例でしょうか。
実は児童文学界では既にこの手法の成功例があります。はやみねかおるが90年代からこの手法を使って読者に受け入れられていました。そして最近になって、河合二湖『バターサンドの夜』(2009年)や笹生陽子『家元探偵マスノくん』(2010年)など、オタク文化ネットスラングを知らないと理解しにくい作品が目立つようになってきました。この傾向が今後さらに広がるのか、動向を見守っていく必要があります。