『セキタン! ぶちかましてオンリー・ユー』(須藤靖貴)

セキタン! ぶちかましてオンリー・ユー

セキタン! ぶちかましてオンリー・ユー

「すごいぜ、横綱の月給って、282万だって」
「幕内が130万、十両でも100万を超えてるよ、へたをすると、国立大学の学長給与より高いぜ。力士ってカッコいいよ。裸一貫でこれだけ稼ぐんだもん」(p33)

中学3年生の少年大関治が、中華料理屋で出会った謎の青年の誘いで角界に飛び込む話です。
相撲のイメージも昨今ではだいぶ悪くなってしまいました。この作品内でも角界は、「かわいがり」と称する集団暴行や八百長の横行する世界として描かれてます。そして主人公の治は、まったく相撲に関心のない少年として設定されています。そんな彼がわざわざ相撲の世界に入ることになるのは不可解に思えますが、彼は非常に巧妙に勧誘されてしまいます。
まず謎の青年は、力士になるメリットとして「モテる」ことを挙げます。もうひとり、中学校の美術部顧問の教員もなぜか治に力士になるように勧めます。その時の誘い文句が上に挙げた力士の給料です。これは実に具体的で、思わず心を動かされそうになります。
つまり、治を動かしたのは「金」と「女」のふたつなのです。中学3年生の欲求水準としてはあまりにレベルが低すぎるようにみえます。しかし、それには理由がありました。実は治の家はひとり親家庭で、経済的にかなり困窮していたのです。
タイトルにある「セキタンを焚く」とは、相撲用語で「急いで」という意味なのだそうです。この物語は、困窮家庭の子供が金を得るために急かされるという、格差社会を反映したリアルな話なのです。
力士の給料の話をしたあとに治の家庭の事情についてほのめかす美術部顧問の態度は、「貧乏人は高校に行かずにさっさと働け」と言わんばかりです。教員の態度としてこれは理解しがたい面もありますが、それも厳しい現実の一端をあらわしているのでしょう。
問題は、最後に明かされる謎の青年の設定です。この設定によって治の選択の重みが全くかわるはずなのですが、そこのところをどう読むべきなのか判断かつきかねます。