『魔の沼』(天沢退二郎)

魔の沼 (fukkan.com)

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魔の沼 (1982年)

魔の沼 (1982年)

三部作【三つの魔法】第二の部分『魔の沼』。筑摩書房より1982年に刊行。
第2部は、主に3つのストーリーが平行して語られます。ひとつは、メインとなるオレンジ党と「沼の王」の戦い。そして田久保京志の妹捜しの旅。最後は、遠方の施設に入れられてしまったオレンジ党メンバー名和ゆきえの物語です。
この中でもっとも怖いのは、実は魔法がらみの怪奇な出来事より名和ゆきえをめぐるエピソードではないかと思います。友達が手の届かない遠いところに行ってしまって、もしかしたら虐待されているかもしれないという想像力は、子供にとっては卑近なものです。魔法を駆使して化け物と対等に渡り合うオレンジ党メンバーも、この件に関しては拱手傍観することしかできません。
名和ゆきえのエピソードについては、情報の出し方が精密に制御されています。彼女の不在が最初に明らかになるのは、物語の初期でオレンジ党が全員集合する場面でした。そこでなぜか彼女の名前だけが挙げられません。彼女の不在は不在というかたちでしか語られないのです。
77ページのキャンプの場面でのルミの「ゆきえちゃんもいれば、よろこんだわねえ」というセリフで初めて、作中でゆきえの不在が確定情報となります。ただし、彼女がいないということがわかっただけで、事情は全く不明です。
施設から逃げ出してきたゆきえがルミと森コージの前に姿を見せる場面(18 逃げてきたゆきえ)でようやく、父親の勤務先が替わったためにゆきえが遠い町の施設に入れられたのだと、事情が明かされます。しかしそこでも、彼女がひどい目にあわされているかもしれないことがほのめかされているだけで、詳しいことはわかりません。
ゆきえの件は、成就の見込みが全くなさそうな京志の妹捜しのエピソードと相まって、読者に絶望的な無力感を味わわせます。
以下備忘用メモ。作品の核心部分に触れています。

登場人物

鈴木ルミ

沼に関する予知夢を何度もみる。『沼の王』が現れるたびに腹痛に悩まされる。ゆきえを連れ去った矢部先生にさらわれる。ルミがチサに教えられた薬を飲むことで、『沼の王』は倒される。その後声が出なくなるが、六方小にわいた泉の水を飲むと治った。

李エルザ

2巻での設定説明では、彼女の母方のイギリスの血筋がイングランドの妖精魔法を伝え、父方の血筋が朝鮮半島からわが国のことばの源のなぞを伝えたとされている。

名和ゆきえ

父親の勤務先が替わったためにゆきえが遠い町の施設に入れられる。ルミと森コージの前に姿を現すが、すぐ施設の女の人(じつはすでに施設を辞めている矢部先生)に連れて行かれる。その際、「京志の妹(カスミの方か?)がうちの学園にいる、兄さんに元気だって伝えてほしい」という内容の伝言を残す。その真偽は不明。

源先生

ルミを殺してルミの体内の黒い汁のつまった部分(『沼の王』のたくらみと照応している)を取り出そうというおそるべき悪巧みをする。一方で、ヨロイカブトで武装して馬に乗りススキ武者を指揮して『沼の王』に戦いを挑むが、あっさり負けてオートバイに乗った西崎ふさ枝に助けられるというまぬけな姿をみせ、ギャグキャラとしても覚醒。

西崎ふさ枝

オートバイに乗る小学生女子ってどうなの?母親が六方小廃校の噂をばらまき、千早台に転校させるように親たちを扇動する。温室へ何かを投げ込む。これは3巻で発見される盗聴器か?

白衣の老人

源先生やルミの父の知り合いで、錬金術の研究をしている。〈古い魔法〉の使い手。望遠鏡で西崎が温室に何かを投げ込む様子や、ラストで六方小に泉がわき出る様子を覗いていたのもこの老人か?

ルミの父

1巻の最後で「鈴木文彦」先生として現実世界に復帰したはずなのに、2巻ではなんの説明もなく「太一郎」と名乗っている。白衣の老人に沼の水質検査を依頼する。京志とともに『うすあかりの道』を旅する。そこでは老人がカセットテープで「兄ちゃん」という声を流し、京志をおびき寄せる。京志によるとその老人は「土神のじいさんの中身」。ここで白衣の老人が登場し、「死の国へいたる道すじは完全にやつらに汚されてしまってな」と告げる。

『沼の王』

エルザによると、オレンジ党の親を殺した「あたしたちの本当の敵」。ブラックスワンを使ってオレンジ党を攻撃する。ルミが薬を飲んだ後、土神のじいさんの姿になり、白い着物の人に担架に乗せられ、六方神社に運ばれる。

土神のじいさん

本名田中弥太郎。キワタ窪の地主で、オレンジ党は京志の紹介でキャンプの許可を得る。『沼の王』と深い関係がある?

田久保京志

母親を生まれたときに亡くし、父親と下の妹のカスミも3年前に病気で亡くなった。上の妹のチサも3年前に失踪。以来京志は学校にも通わず妹を捜している。

田久保チサ

京志の上の妹。京志によると、病死したカスミを生きていると思い込んでいて、悪いやつらからカスミを守るために誰にも見つからないところに隠しに行った。今では無理矢理『沼の王』の養女にされており、目の周りを布で隠している。ルミに似ているらしい。

田久保カスミ

京志の下の妹。生まれつき盲目。