『闇の中のオレンジ』(天沢退二郎)

闇の中のオレンジ (fukkan.com)

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筑摩書房より1976年に刊行。三部作【三つの魔法】の前日譚となる短編集です。
考えてみれば、あれだけトラウマといわれているのに、オレンジ党の本編三部作では人間の登場人物は全く死んでいません。でもそれは、本編開始以前にすでに命は奪い尽くされていたということを意味しているだけです。前日譚のこの作品集では人の命は紙切れのように軽く、登場する子供たちやその家族はいとも簡単に命を失ったり行方不明になったりします。美しく恐ろしい悪夢の世界と日常がいとも簡単に接続してしまいます。
どの短編も怪異に説明を与えず、謎を残したまま不気味な終わり方をします。そのため読者は物語の世界に囚われ、逃げ場を失ってしまいます。そういえば、『夢でない夢』(1973年、大和書房)の仮総題は、「入り口はあるが出口はない童話」でした。天沢退二郎は最初期から読者に逃げ場を与えるつもりはなかったのです。
以下、一作ずつ簡単に内容を振り返ってみます。各作品の核心部分に触れています。

赤い凧

主な登場人物 田久保京志 田久保カスミ 田久保チサ(偽物)

京志とカスミが砂場で遊んでいると、ナメクジナマズ(ネーミングセンスがすごい!)に襲われます。そこを赤い凧に救われるという話。
帰宅後チサが現れるので、これは田久保きょうだいがそろっている唯一の話かと思いきや、実はチサは凧が化けていた偽物でした。天沢退二郎は徹底してこの三者を引き離そうとしています。
正体を現した凧は、「正義の味方、アカヤッコ。ほんとはおまえらの味方じゃないのさ」と名乗ります。ここで、田久保きょうだいの側が悪である可能性が示唆され、善悪二元論が揺さぶられます。

ちいさな魔女

主な登場人物 次郎 トリ子 チサ カスミ

チサとカスミの家出後の話だが、チサはまだ時々学校には顔を出している模様。次郎とトリ子はいとこ同士で、ふたりはチサの同級生のようです。ふたりは公園でカスミを守るチサに会いますが、「あなたたち、ほんとはばけものの手先なんでしょ?」と疑いをかけられてしまいます。
チサによれば「うちの兄ちゃんではだめ、カスミがさらわれるの、ふせげない」ということで、京志は妹から見放されたかたちになります。

秋祭り

主な登場人物 田久保京志 篠田アキラ

京志は同級生のアキラの誘いで真っ赤な幕のかかった廃駅に行きます。
駅がいつの間にか芝居小屋に変容する幻想的な光景が印象的。芝居小屋の額絵には「ぐったりしたお姫様姿のカスミを抱いたチサの、ふといまゆをつりあげてはったと鳥のばけものをにらみつけている図」が描かれており、ふたりが京志の手の届かない世界にいってしまったような気にさせられます。

まわりみち

主な登場人物 竜 長谷川みどり

いつもの通学路が通行止めになっていたためまわりみちをした竜は、白い着物を着た禿頭の人間の集団や鎧を着込んだ大男の集団のいる奇妙な世界に迷い込みます。白い着物の人たちはいつの間にか羊になり、羊に囲まれて逃げ場を失ったところで交通委員の長谷川みどりに助けられます。
この竜が三部作の竜竜三郎であるかはわかりません。ただ、三部作の舞台は「県」でこの短編の舞台は「都」(都電が走っていると記述されている)なので、舞台が違うことは明らかです。三部作では竜竜三郎が転校生であるという記述はなかったので、何ともいえません。
長谷川みどりは「人形川」(『ねぎ坊主畑の妖精たち』)でも交通委員を率いて子供を怪異から守っています。どうやら優秀な魔法使いのようです。

みかんの王子

主な登場人物 尾形宏 宏の兄

兄に連れられて海に来た宏は、鳥から「われらの王子」として迎えられます。最後に宏は「四畳半で眠っているじぶんと兄さんの姿をありありと見」たので、この出来事が夢なのかうつつなのか、もしくは宏の魂だけが連れて行かれたのか判然としません。

燃える石

主な登場人物 種夫 ゲンジ 石橋みどり

種夫とゲンジが石を蹴りながらゲンジの家の風呂屋に帰ると、そこは小人に占拠されていました。全校委員の石橋みどりに助けられますが、ばけものは「みどりの弟と種夫の母親、きっともらいにくるからな」と捨て台詞を残して消えます。ラストで「黒枠でかこまれたゲンジの大きな写真」が出てきて、ゲンジの死を暗示して物語は終わります。
石橋みどりと長谷川みどりを混同しないように注意。石橋みどりは腕章に真っ赤なマントという独創的なコスプレをしています。
ゲンジはばけものの声に聞き覚えがあり、「これは子どもの声だぞ、たしか六年の……」と予想します。しかし正体は明かさることなく、不気味な不安感を残したまま物語は終わります。

眠り姫

主な登場人物 種夫 飯野トリ子 高宮次郎 チサ カスミ

「燃える石」のラストと「眠り姫」のはじめは見開き2ページになっているのですが、このつなぎがおそろしいです。 「眠り姫」は「けさ、お母さん(種夫の母)が死んだのです。」という文から始まります。つまり、読者からみるとノータイムで「燃える石」のばけものの不吉な予言が成就したことになるのです。「燃える石」の最後でゲンジが死に、次に母が死んで、種夫は瞬く間にふたりも親しい人間を喪ってしまいます。
種夫はトリ子と次郎に連れられて、鳥に襲われようとしているチサとカスミを助けるためたぼ穴に入り込みます。そこで、「いかなることがあろうとも、われらの王女にわれらのかんむりを」と言いながらカスミを崇めるようにひれ伏す鳥を見ますが、そんなことは上の空で死んだ母親のことを思い出します。

海辺で会った少女

主な登場人物 竜 龍子

郵便で送られてきた「指定乗車券」で電車に乗り浜辺に来た竜は、龍子と名乗る少女と出会います。
龍子が言うには、「あなたのお父さんとお母さんは、別の世であたしのお父さんとお母さんなの。そしてこれは、あたしの夢で、あなたのではないのよ」とのこと。このセリフではパラレルワールドの存在が示唆されています。竜はパラレルワールドでの龍子の分身だということになります。龍子が『光車よ、まわれ!』の龍子だとするなら、竜もかなり重い業を背負っていることになります。

三人のお母さん

主な登場人物 サヨコ

謎の声にお母さんに会わせてあげようと言われたサヨコが「お母さんって、だれのこと?死んだお母さんのこと?」と尋ねると、「そうではなくて、前のお母さんだ」との返答。するとサヨコは怒り狂い、「そんなお母さん、いるわけないよ!」「じょうだんじゃないわよ、あたし、あたしはだれなのよ!」と叫びます。その後「それはみんなおまえだよ、みんなおまえのお話だよ」という大きな本を燃やされ、サヨコは「いやよ、いやよ、いやだわ」と泣き叫びます。
サヨコの背景についてなんの説明もないので、読者には何が起こっているのか全く理解できないのですが、不思議と彼女の激情の切実さだけは伝わってきます。彼女の実存に関わる何かが否定されたのでしょうか?

<<グーン>>の黒い釜

主な登場人物 キクエ 五郎

勝手口をまわって、庭へ出ようとしたところで、キクエは立ちすくんだ。息がつまり、心臓だけが音立ててなった。
のきさきに釘で打ちつけた物干し竿をのせる台から、赤ぐろい大きなものがぶらさがってかすかにゆれている。五郎のお母さんだ。くびくくったんだ!

幻想的な怪異の世界よりも、この首吊りを目撃する場面の方が強烈なトラウマを残すかもしれません。「もうだめ。畑はみんなだめ。黒いもの。子どもたちも行ってしまう。あたしにはもう何もできない。もう生きていけない」というたどたどしい遺書も、空恐ろしいものを感じさせます。
この短編には絶望しかありません。キクエは黒い釜の側で父親がなにか作業をしている様子を目撃したり、友達の五郎や精霊たちが船に乗って逃亡する様子を目撃したりします。なにか恐ろしいことが起こりつつあるということだけ知らされても、無力な彼女(と読者)は、おびえることしかできません。

グーンの黒い森

主な登場人物 石橋みどり 恭一

石橋みどりはさらわれた弟を助けにグーンのどかん谷へ行きます。その間、匂い袋を持たされ囮にされた恭一は、穴に落ちて六方小の子供たちとひとりの大人(源先生とその手下か?)がなにか工作をしている様子を目撃します。
かなりの修羅場をくぐっているらしい石橋みどりが、恭一をからかって平静を装いながらも終始顔面蒼白であることから、事態の深刻さがうかがいしれます。
なお、この短編と『オレンジ党、海へ』の石橋みどりは微妙に設定が異なります。『グーンの黒い森』ではみどりの両親は別居しており、みどりと母、弟と父が同居していることになっていますが、『海へ』では家族揃って生活しているようです。弟の名は『グーンの黒い森』では「たかし」、『海へ』では「タカシ」となっています。やはりこれもパラレルワールドの物語と理解すべきなのでしょうか?

闇の中のオレンジ

主な登場人物 李エルザ 由木道也 金船長(金龍元・キムヨンウオン) 死せる王サラシ

この短編ではエルザの生みの母の名前が「アリシア」となっていますが、三部作では「アリシア」は母方の祖母の名前だということになっています。
三部作で何度か言及されていた、エルザと道也が物言う泉でオレンジ色の聖杯を目撃する話です。ふたりは旅の果てに、死せる王から「おまえたちは、たとえて言えば、わたしや船長キムの姪であり、甥である。すなわちおまえたちこそは、まことのことばそのものである。おまえたちは金船長に代わって、やがて手をたずさえて村へ行き、村はおまえたちによってよみがえるだろう」との予言をもらいます。
道也がエルザに寄せるほのかな恋情がほほえましく、天沢ファンタジーの中では珍しい日常っぽい感情が見られます。