『こんにちは一寸法師』(福田紀一)

こんにちは一寸法師 (1981年) (講談社青い鳥文庫)

こんにちは一寸法師 (1981年) (講談社青い鳥文庫)

一寸法師室町時代*1からコールドスリープしてきて、中学校の教員細川先生の元に居候するという、小松左京ゴエモン風の文明批評SFです。1974年に講談社から刊行され、1981年に青い鳥文庫に収録されました。
著者の福田紀一小松左京と親交のあった人のようで、『日本アパッチ族』の主人公木田福一の名前は彼の名前が元にされているそうです。『こんにちは一寸法師』の作中でも、大阪万博に行った一寸法師が「大松右京」なるSF作家と出会う場面があります。
一寸法師は袋小路道善という元代議士の実業家に騙されて、見せ物にされたり悪事の片棒を担がされたりすることになります。
この袋小路氏が経営しているツタンカーメンビルという商業施設がユニークです。8,7階は食堂で、6階が衣料品売り場、5階が住居紹介業で、衣食住のすべてを掌握しています。さらに地下にはロッカー式の墓場まであるという徹底っぷり。この墓は、5階で紹介される住宅より住み心地がいいと噂されています。
ビルにある病院では、健康な人間を病気にすることができます。一階はオートマチックで新聞をつくる新聞社になっていて、記事のレベルまでも機械の目盛りを操作することで自動的に調整できるようになっています。ひとつのビルで社会の病理を丸抱えしようとしています。
青い鳥文庫版解説の北川幸比古はこのように語っています。

あなたがこの本をたのしんだのなら、いつか、またあまり名まえを聞いたことがないような本を読んでみようではありませんか。人があまり注目しなかった本のおもしろさを見つけだすのは、読者の、あなたのすばらしい特権なのです。そして、日本の児童文学にも、思いがけないおもしろさがかくれている作品が、たくさんあるのだ、と、わたしは思っています。

すばらしい読書のすすめです。ところが北川幸比古は、最後に「そのなかには、わたしの書いた本も入っているはずですよ。」と付け加えて落ちを付けてしまいました。

一寸法師の日本探検

『こんにちは一寸法師』の続編で、講談社から1976年に刊行されました。
ようやく騙されていたことに気づいた一寸法師は、袋小路道善に復讐心を燃やしていました。袋小路氏が新エネルギーとして開発しようとしているプソイディウムの鉱脈を先に発見して出し抜こうと、一寸法師は飛行機に乗って日本中を飛び回ります。
物語の序盤では、音楽教師に身をやつしているマッドサイエンティスト足利先生が一寸法師を教育するさまが描かれています。彼の教育法は音楽療法で、コップの中に閉じ込めた一寸法師に地蔵和讃*2を聞かせるというものでした。拷問にしか見えません。一寸法師はコップの中で大量の涙を流し、その水に足がつかったために水虫になってもだえ苦しみます。まったくひどい虐待です。
さらに面白いのは、やはり足利先生が開発した一寸法師用のミニ飛行機です。風力で回転するオルゴールを動力源としているエコ仕様。オルゴールが鳴らす音楽はもちろん地蔵和讃です。飛行機の名前も地蔵和讃号。なぜそこまで地蔵和讃にこだわるのか、常人には全く理解できません。
理屈は精緻なのに発想がぶっとんでいる、なかなか得難いSF児童文学でした。

*1:一寸法師は室町人だから、現代の「ハ」を「ファ」と発音するということに言及している細かさが面白い。

*2: