『とびらの向こうに』(かんのゆうこ)

とびらの向こうに (物語の王国II)

とびらの向こうに (物語の王国II)

小学6年生の子供たちがちょっとした不思議な出来事に遭遇する連作短編集です。主人公になる子供たちはそれぞれ厄介な悩みを抱えているので、なかなか重い作品集になっていました。この中から「ルーチカ」という短編を紹介します。結末に触れるので未読の方はご了承お願いします。
「ルーチカ」の主人公美月は、何かをカウントダウンするようにスケジュール帳に毎日星形のシールを貼っていました。その星がいよいよあと二枚になろうというとき、ルーチカと名乗るハリネズミのぬいぐるみに「きみのたまご」だというたまごを託され、それを育てるように依頼されます。
作中では明言されませんが、美月は自殺決行の日をカウントダウンするためにシールを貼っていたようです。直截的でない節度ある表現が、かえって事態の深刻さを雄弁に語っています。
では、なぜ美月は自殺を考えるまでに追い込まれていたのか。身体の成長に伴って自分の性への違和感が強まっていったのが、その理由でした。美月はやがて初潮を迎えますが、たまごのもたらした奇跡により生きる希望を手に入れ、性同一性障害の診断を受けて男として生きていく決意をします。
というわけで、この作品は「初潮という切り札」を豪快にぶっとばしてしまいました。美月はその後、秘密基地に招かれるというかたちで男子の世界への参入を果たします*1。さらに、そんな美月にたまごを与えることで、産み育てる役割は女だけのものではないという主張もなされています。硬直した性規範に正面から喧嘩を売った意欲作と評価されるべきでしょう。
この作品はSFとしても面白い仕掛けを持っているのですが*2、そこに関してはあまり語らないことにしておきます。

*1:ただし、秘密基地が男子のものであるというジェンダー観は問題にされなければならないでしょう。

*2:これを時間SFとして読むと話がかなりややこしくなるので、実はSF要素はなく、あれは精巧な偽造品だったという読みも可能かもしれません。