『夜明けの落語』(みうらかれん)

夜明けの落語 (文学の扉)

夜明けの落語 (文学の扉)

小学4年生の暁音は、人前ので話すことが大の苦手。日直の仕事として一週間の最後に5分間スピーチをしなければならないのがいやでたまりませんでした。それを知った日直のペアの三島くんが、スピーチで落語を披露して時間切れに持ち込み、暁音はスピーチをしなくてすむようになりました。これがきっかけで暁音は落語に興味を持つようになり、三島くんと一緒に落語の勉強を始め、次のスピーチでは自分も落語をしようと決意します。ところが、暁音の友達の初音がふたりの関係に嫉妬して妨害するようになり、事態は三角関係の様相を呈してきます。
第52回講談社児童文学新人賞佳作。一見してストーリー運びのうまい著者であることがわかります。この手の作品では落語の解説と物語を両立させなければならないので、力のない著者が書くとストーリーのテンポが犠牲にされてしまいがちです。しかしこの作品では、登場する落語とストーリーがうまくかみ合っていて、落語の解説も主人公の心情に即して語られるので、すらすらと読み進めていくことができます。落語のおもしろさを伝えるための作品として「皿屋敷」を選択するセンスもいいです。
落語が演じられている場面では、落語内の台詞は『』でくくられていて、地の文では暁音がストーリー解説をしつつそれに対するつっこみを入れています。落語の世界と内気な少女の内言の不調和がふしぎなおかしみを出しています。ラストの暁音が落語を演じる場面では、この語りが演じている暁音とそれを観察している暁音を乖離させます。
暁音は国語の教科書から『登場人物の気持ちになって音読してみよう』という一文を見つけ、それをヒントに落語を演じようとします。演じることによって他人の気持ちを理解しようという教育的な方向に進みそうですが、この作品ではその限界までも示してしまいます。
初音が暁音と三島くんを引き離そうと、三島くんの悪口を言う場面が、この少しあとにあります。ここでの初音の台詞が、「ノナちゃんはやさしくてすなおだから、三島にいいようにのせられているだけだよ」。初音は三島くんの気持ちを代弁しているつもりで、実は自分の暁音に対する独占欲を表明しているだけなのです。なかなか一筋縄ではいかないところがあって、著者の次の作品が期待されます。