『カンナ道のむこうへ』(くぼひでき)

カンナ道のむこうへ (Green Books)

カンナ道のむこうへ (Green Books)

第10回長編児童文学新人賞受賞作。挿絵は志村貴子です。
小学6年生のカンナの周りには、夢に向かってがんばっている人がたくさんいました。教員採用試験を受け続ける母親、管理栄養士を目指すいとこ、薬剤師を目指す親友。でも、カンナには夢がありません。夢とはなにか、それは持たなくてはならないものなのか、周囲の人々と関わりながら、カンナは考えを深めていきます。
なんとも紹介するのが難しい作品です。この作品には不幸もなく大きな事件もありません。 夢のためにがんばる人は出てきますが、母親は採用試験に受からないし、いとこも管理栄養士の試験に受からない、がんばって目標を達成するというカタルシスも味わわせてくれません。つまり、物語としての目立ったセールスポイントがないのです。なのに、なんでもない生活が魅力的に描き出されているので、たいへん読み応えがあります。たとえるなら、保坂和志作品のような感じでしょうか。
著者の言葉を借りれば、「生きてる感」*1というのが作品のポイントになるのでしょう。いとこがいろいろな料理を作ってくれるので、作品にはものを食べる場面が何度も出てきます。まず、食という具体的な面から「生きてる感」を感じさせています。
もうひとつ、抽象的な面からも「生きてる感」へのアプローチがなされています。夢を「なりたいもの」と「夢」と「やりたいこと」に分解してみたり、算数の問題を解いてみたりといった思索を通して、この世界に生きているという実感を提示しています。この二方面からのアプローチによって、日常の中に驚きと感動を見出すことに成功しています。