『糸子の体重計』(いとうみく)

糸子の体重計 (単行本図書)

糸子の体重計 (単行本図書)

同じクラスの子供がそれぞれ語り手になる連作短編集です。町田良子を中心とするいじわる女子グループが太っている高峯理子をからかっているのを見て怒りを爆発させた細川糸子が、なりゆきでダイエットをすることになるエピソードから、糸子を中心に様々な人間模様が語られます。
おおらかなデブの糸子、ツンデレの町田良子と、キャラクターの造形は類型的です。しかし、類型的なキャラクターを使い、ダイエットというキャッチーなネタをはじめに繰り出して間口を広げたのは作者の罠でした。物語は次第に深刻になっていきます。
この作品でもっとも緊張感のあった場面は、ダイエットで空腹のためふらふらになった糸子が、最終話の主人公となる滝島径介に保健室に行くように指示される場面です。径介は教室に残った高峯理子に、保健室では朝食を食べてこない子供のために食べ物を用意していて、自分も何回か食べさせてもらったことがあると説明します。後のエピソードで径介は親から育児放棄されていることが明らかになります。ということは、彼が保健室で食事をとったのは本当は「何回か」ではないんですね。ダイエットで空腹な子供と親から食べ物を与えられなくて空腹な子供が同じ空間にいるという、格差社会の厳しい現実が浮かび上がってきます。
径介がひとりでかまくらを作っていると、ほかの子供たちが集まってきてみんなで手伝う、ラストのエピソードも印象に残ります。径介にとっては家が安全な居場所にならないので、自分の手で居場所を作ろうとしているのだと解釈すると、涙なしには読めません。
連作短編という手法を作者がうまく使いこなしていることにも注目する必要があります。それぞれのエピソードをみると、登場人物同士の思惑がすれ違っている場面が散見されます。そして、人物相関図を作ってみると好意の矢印が一直線になっていて、主役の5人の子供はみんな誰かに片思いをしていることになり、ラブコメとして読むことも可能になります。読みやすくするための工夫を凝らしながら、巧みに罠をあちこちに仕込んでいる、油断のならない作品でした。