『よるの美容院』(市川朔久子)

よるの美容院

よるの美容院

第52回講談社児童文学新人賞受賞作。幼なじみの交通事故をきっかけに声を出すことができなくなった少女が、美容院をやっている親戚の家で療養生活をする話です。
選考委員のひこ・田中が指摘しているように、『西の魔女が死んだ』型の設定の作品です。ただし、魔法も冒険もなく、いるのは腕のいい美容師のおばあちゃんとだじゃれの好きな古本屋のおじさんくらい。生活実感を失わない設定の中で、非現実的な救済の空間をつくっているのが憎いです。最後の別れの場面では、神々しささえ感じられました。
主人公の少女は善意の人々から「医学書、セラピー、児童心理、スピリチュアル、それから主人公が苦難を克服していくりっぱな物語」などを贈られてうんざりしていました。つまりこの作品は、従来の成長物語や癒しと回復の物語に疑義を差し挟んでいるのです。物語に疑義を唱える節度と、それでも捨てきることができない作品の物語性の葛藤の中で、作品世界に強烈な切実さが生み出されています。