『白狐魔記 元禄の雪』(斉藤洋)

元禄の雪 (白狐魔記)

元禄の雪 (白狐魔記)

不老不死の狐白狐魔丸が歴史上の人物を観察するシリーズの第6巻。タイトルからわかるように赤穂浪士の討ち入りの話になるのですが、松の廊下の刃傷事件が200ページ近くになってからようやく起こるというのんびりした進行です。では物語の前半で白狐魔丸がなにをしていたかというと、歌舞伎や人形浄瑠璃にはまって、〈酔狂〉な人間の営みを観察しつつ、のんきに元禄の文化を満喫していたのです。というわけで6巻のテーマは、演劇・虚構・物語といった複雑なものになっています。
白狐魔丸が芝居見物のために江戸に行ったところ、またも狐の雅姫に出会います。彼女は今度は役者になっていました。しかも女形です。もともと女の雅姫が男に化けて女を演じるというわけのわからない事態に、白狐魔丸は当惑させられます。ところが雅姫は、人間に化けている白狐魔丸も役者のようなものだと指摘します。となると、白狐魔丸が存在するだけで現実が劇場空間となるといえます。
白狐魔丸の役割は俳優だけではありません。今回白狐魔丸は、浅野内匠頭が吉良にとどめを刺せないように体の動きを封じたり、復讐を煽る内容の辞世を詠ませたりと、はからずも事件を盛り上げる方向の介入を繰り返します。つまり彼は、優秀なシナリオライターでもあるのです。
ただし、白狐魔丸のような異形の存在の介入がなくても、事件は即座に虚構化されてしまいます。刃傷事件の翌日には吉良がとんでもない悪党で斬られても無理のない人物であるという評判が町人のあいだを駆け巡り、討ち入りの翌日には赤穂浪士は非現実的な武芸の達人であったという噂が流れます。
一連の事件が『仮名手本忠臣蔵』として虚構としてのひとつの完成形に到達したところを白狐魔丸が見届けて、物語は閉じられます。しかし人間の〈酔狂〉はまだまだ終わりません。『仮名手本忠臣蔵』および討ち入り事件は、現在に至るまで無数の二次創作を生み出しています。その二次創作のひとつがこの『元禄の雪』であると考えると、きれいな円環構造がみえてきます。