『古事記 そこに神さまがいた! 不思議なはじまりの物語』(那須田淳)

岩崎書店の古典翻案シリーズです。主人公は阿倍仲麻呂少年(13歳)。彼は大学寮の劣等生で、試験中にパラパラまんがを描いていたので先生の太安万侶に怒られてしまいます。しかし、頭は悪いけど絵と字がうまいことを見込まれて、稗田阿礼の話を聞いて『古きことの書』をまとめるように指令を与えられます。
30年前に太安万侶と一緒に編纂作業をしていたと聞いていたのに、稗田阿礼は美少女でした。仲麻呂は阿礼はもののけではないかとおびえてしまいます。実は稗田阿礼は襲名制で、太安万侶と組んでいたのは美少女の先々代でした。ここにオビト皇子(後の聖武天皇)とあすかべ姫(後の光明皇后)が絡んできて、二組のカップルがラブコメを繰り広げながらにぎやかに『古きことの書』作成作業が始められます。
ここまでが開始30ページほど。ここから枠物語の形式で『古事記』のストーリーが語られ、枠外で4人の子供たちがコメントを差し挟んでいくという趣向になります。
4人のなかで一番いばっているがあすかべ姫です。天の岩戸のくだりでは、アメノウズメの子孫である阿礼に例の踊りをやれとセクハラをします。阿礼はナマコ虐待の件まであすかべ姫に責められて、ひどいとばっちりを受けてしまいます。
もっとかわいそうなのがオビト皇子。ご先祖さまが女関係でなにかやらかすたびにあすかべ姫にジト目でにらまれ、罵詈雑言を浴びせられます。家系で人を差別してはいけませんね。

オビト皇子さまのご先祖さまたちって、ほんとのんきというか、きれいな娘に弱いというか、だらしがないのね。(p159)

ブコメ部分が楽しいので、読みやすさという点では申し分ない本になっています。ただし、余計な説教を入れているのが難点です。
枠外の物語の大きな柱は、オビト皇子の成長物語になっています。病弱で気弱だった皇子が古事記のストーリーに触れることで、帝候補としての自覚を持つようになるという流れになっています。ところがそれとひきかえに、あすかべ姫は、自分もスサノオヤマトタケルの妻のように夫をサポートする役割をしなければならないと思うようになります。はじめの国生みのエピソードを聞いたとき、あすかべ姫は「これって男を立てろってことでしょ」と抗議していたのに、その役割を引き受けてしまうのです。これは女の子にとってあまりにむごい話ではないでしょうか。