『わたしは倒れて血を流す』(イェニー・ヤーゲルフェルト)

わたしは倒れて血を流す (STAMP BOOKS)

わたしは倒れて血を流す (STAMP BOOKS)

岩波書店「STAMP BOOKS」の第3回配本はスウェーデンヤングアダルト。2010年のアウグスト賞児童・青少年文学部門を受賞している作品です。
物語は、17歳の少女マヤが授業中にうっかり電動ノコギリで親指を切り落としてしまう場面から始まります。彼女は彫塑の授業時間だというのに、ひとりだけ電ノコを持ち出して木の本立てを作っていました。いきなり主人公がフリーダムな危険人物であるということが明らかになります。
マヤが運ばれた病院にやってきた父親は、娘を心配する前に彼女が勝手に持ち出していた自分の服が汚されたことに愕然とします。そして、付き添いの先生に「この子、わざとやったんでしょうかね?」と尋ねる有様。どうも子供だけでなく親も問題のある人物であるようです。しかしマヤは父親に執着しているようで、彼のメールやフェイスブックを盗み見て家庭内ストーキングにいそしんでいます。
さらに厄介なのは離婚している母親です。マヤが他人に母親のことを説明するとき、「お母さんは……ええと……ちょっと変わってる」「それでも、わたしのお母さんなの」と言うことしかできないということから、どれだけ大変な人物なのか察することができます。個性の強すぎる家族を描いた毒の強いホームコメディとして、物語は展開されます。
以下、中盤以降の展開についてぼかした書き方をしますが、先入観を持たずに触れた方がいい作品なので、未読の方はできれば読まないでください。なお、訳者あとがきに致命的なネタばらしがあるので、先に読まないようにと警告しておきます。



さて、登場人物の個性が強すぎるからこそ、彼らを襲う個人の人格が剥奪されるという試練が、際だって切実なものとなってきます。かけがえのないはずの個人が融解して消滅してしまうという恐怖。自意識の強い読者であれば、血を流さずにこの物語の終盤を読むことはできないでしょう。