『りっぱな兵士になりたかった男の話』(グイード・スガルドリ)

りっぱな兵士になりたかった男の話

りっぱな兵士になりたかった男の話

『りっぱな兵士になるための九か条』
一 どんなときでも命令第一
二 けっして上官に口ごたえしてはならない
三 「はい!」の返事を心がけること
四 軍服のボタンとブーツを、いつでもピカピカにみがいておくこと
五 疑問をもってはならない
六 盗み聞きをしてはならない
七 祖国を愛すること
八 勇気と犠牲の精神をもって、どんな困難な状況にも立ち向かうこと
九 いつでも銃の手入れをかかさないこと

イタリアの児童文学。兵士のカスパールはりっぱな兵士をこころざしており、上の九か条を忠実に守っていました。ある日カスパールは上官のクルド大佐から、風の山の山頂にある風車小屋を監視するように命令されました。やがて自軍はとっくに負けていそうな状況になりますが、カスパールは次の命令があるまで粘り強く風車小屋の監視を続けます。親切に食べ物を分けてくれる老人と、おいしいミルクを出す牛のももちゃん、ちいさなネズミだけを友にして。
この作品から「思考停止はいけません」という反戦メッセージしか読み取れないとしたら、それはあまりにももったいない読み方です。そもそもカスパールは、思考停止して風車小屋にとどまっていたおかげで命拾いをしたので、むしろ思考停止の恩恵を受けているともいえます。そこに、どんなに拒絶しても無償の愛を注いでくれる老人、大地の恵みを与えてくれる牛のももちゃんまでいるのです。この作品は、思考停止していたおかげでわずかなあいだ楽園にとどまることができた男を描いた、一種のユートピア小説として読むこともできます。
もちろん、厳しい現実から目をそらしたユートピアが永遠に続くわけはありません。ユートピアが静かに瓦解するさまが悲哀たっぷりに描かれており、非常に味わい深い作品になっています。
それにしても、外国の固有名をひらがなで「ももちゃん」と訳した杉本ありのセンスのよさには脱帽させられます。この言語センスとシゲタサヤカの気の抜けたイラストによって、日本版の『りっぱな兵士になりたかった男の話』は独自色の強い本になっています。