『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』(フランシスコ・X・ストーク)

マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

アスペルガー症候群に近い自閉症スペクトラムの少年マルセロは、養護学校でポニーの世話をするのを楽しみにしていたのに父親に普通高校に行くことを強要され、リアルワールドのルールを学ぶための訓練として父親の経営する法律事務所で働かされます。ただでさえコミュニケーションが苦手なのに、、直属の上司に当たる少女ジャスミンからは、「あなたがきたこと、うれしくないの」と言われ、父親の共同経営者の息子のウェンデルからはジャスミンを引っかける手伝いをするよう脅され、さんざんな目に遭います。そんな中でジャスミンとは次第に打ち解けていきますが、やがて事務所の重大な秘密を知ってしまい、決断を迫られることになります。
マルセロは宗教に興味があり、よくラビと語り合っていました。ラビは性欲を理解できないマルセロを、「エデンの園で神とともに歩んでいる」のだと表現します。
この物語を創世記をなぞらえたものだとするなら、マルセロは養護学校という楽園から追放され、リアルワールドという楽園追放後の世界に足を踏み入れたのだということになります。しかし、楽園追放も神の計画だとすれば、マルセロは神の掌の上で踊らされているに過ぎないことになります。そもそもリアルワールドと楽園は対立するものなのか、神の決めたルールは絶対なのか、それすら判然としません。この物語は神殺しの神話となり、現世的にそれは父殺しとして発現されます。
自閉症スペクトラムにあるマイノリティを扱っているという面にばかり注目すれば、この作品を読み誤ってしまいます。父殺しという普遍的なテーマが扱われている作品として理解すべきでしょう。このテーマがしっかりと料理されているので、物語の強度は大変なものになっていました。