『少年科学探偵』(小酒井不木)

少年科学探偵 (パール文庫)

少年科学探偵 (パール文庫)

パール文庫第2回配本の1冊。あまりに頭がよすぎたために小学校を中退して独学で様々な学問を修め、12歳にして自宅に実験室を構え探偵として活躍する天才少年塚原俊夫の活躍が描かれた、推理短編集です。
俊夫の警護役として雇われた大野青年が、語り手兼ワトソン役を務めます。彼の視点から見る俊夫は、少年らしい素直な愛らしさに満ちています。事件がなくて暇だと「兄さん、何かこうハラハラするような冒険はないかなあ」と「髀肉の嘆をもらし」、事件が起こると「チラと私の顔をながめ」て青年にだけ嬉しそうな表情を見せます。推理がうまくいくと部屋の中で踊りまわり、「しまいには、私の腰へぶら下がって、くるいかける」といった喜びよう。
しかし、探偵としての俊夫少年はなかなか性悪です。犯人をはめて尻尾を出させるのが得意で、わざわざデパートに肉付けした頭蓋骨を展示させて犯人をおびき出すといった、派手な演出を好みます。さらには証拠の捏造スレスレのことまでやらかして、ぬけぬけと「科学探偵とは、顕微鏡や試験管を使うことばかりを意味するのではありません。物事を科学的に巧みに応用して探偵することも、科学探偵なのです」と言い放つ始末。子どもだからまだかわいいものですが、大きくなってあれとかあれみたいな鬼畜探偵になったら目も当てられません。
とはいえ、彼の態度が合理的に考えることの楽しさを子ども向けにうまく伝えていることは事実です。

現代は科学の世の中でありまして、科学知識がなくては、人は一日もたのしく暮らすことができません。しかし、科学知識を得るには、何よりもまず科学の面白さを知らねばならぬのでありまして、その科学の面白さを知ってもらうために、私はこの小説を書いたのであります。
次に科学知識なるものは、書物を読むと同時に、よく「考える」ことによって余計に得られるものであります。ですから、ドイツの諺にも、「読むことによって人は多くを得るが、考えることによって人はより多くを得る」とあります。
しかるに、探偵小説は、読む小説であると同時に読んで考える小説であります。それゆえ、私は私の小説を読まれる少年諸君に、ものごとを考える習慣をつけてもらいたいと思って書いたのであります。
「『少年科学探偵』序」より

1926年の文章ですが、少年小説のひとつの理念としてこれが古びることはないはずです。だから、いま読んでもこの作品のおもしろさは、まったく色あせません。