『紙コップのオリオン』(市川朔久子)

紙コップのオリオン

紙コップのオリオン

中学2年生の論里は、ある日突然母親に家出されてしまいます。メールが来たと思ったら「詳しくはWebで」というURL付きのふざけた文面で、その先のブログを見ると、どうやら衝動的に旅に出てしまったらしいということがわかります。学校では創立20周年記念行事の実行委員を務めることになりますが、組んだ女子が無駄に波風を立てるタイプの厄介な子で、苦労させられます。
従来の講談社YAとはだいぶ温度の異なる作品に見えます。冒頭の「詳しくはWebで」のように、シリアスになりそうなところでちょいちょいうまいギャグを挟んで空気が重くならないように調整しています。ヒロインの水原白にしても、こういうタイプの子はもっと徹底的に痛めつけられるものですが、すくなくとも作品中で見える範囲では寸止めで終わっていて、最終的にきれいな初恋の話として物語は収束していきます。
しかし、物語の裏には重いものがのしかかっています。コミュニケーションの回路としてブログを用意した母親の態度は、一見開かれているようですが、息子と一対一で向き合うことを拒絶しているともとれます。この母親は息子に「lonely」という重い意味を背負った名前をつけた人物であることも考え合わせると、暗澹とした気分になってきます。
名前といえば、ヒロインの水原白も名前に呪われています。〈ましろ〉という通常では読めない読みの名前をつけたれた彼女は、母親から自分のことを〈しろ〉と呼ぶ人間には注意しろと吹き込まれていました。「人の名前を軽んじる人間は、人のことを大切になんかできない」というのがその理由です。母親はこの名づけによって、娘に他人を敵と味方に分ける思想を注入したのです。読めない名前によって作らなくていい敵までプレゼントしてくれるという親の愛。この母親は物語には顔を出しませんが、だからこそ毒親として強い存在感を示しています。
そんな彼女が、これも親から重い名前をつけられた論里を恋の相手として自分の物語に組み込んでいく展開は、ホラーでしかありません。