『うぶめ』(京極夏彦/作 井上洋介/絵)

おとうとか、いもうとが、うまれてくるのを、たのしみにしていたんだ。
でも。おとうとも、いもうとも、うまれてこなかった。
おかあさんも、かえってこなかった。

東雅夫監修、京極夏彦作の「妖怪えほん」シリーズの第1弾。画家は井上洋介。このメンバーで怖くならないわけがありません。しかし怖い以上にこの作品は、人間の情念と生きることの悲しみを描いた絵本としてまれに見る傑作になっていました。
母親を亡くした子どもが、赤ん坊を抱いた血まみれの母親が現れたと、父親に訴えます。でも父親は、「いいや、とりだよ」と言って、幽霊の存在を認めません。父親は京極堂の憑き物落としのように理知的に怪異の正体を切り分けます。ここに、喪の作業の装置としての妖怪の悲しい姿が現れてきます。
京極夏彦の文章は、観念的に人間の情念の世界を追求しています。一方で井上洋介は、グロテスクなまでに人体の肉を感じさせる線で、情念を描いています。観念的な情念と身体的な情念、ふたつのアプローチの相乗効果で、強烈な情念の世界が生まれています。
一度読んだら忘れられない絵本になることは間違いありません。