『七つの蕾』(松田瓊子)

七つの蕾 (パール文庫)

七つの蕾 (パール文庫)

パール文庫第3回配本は、野村胡堂の娘でわずか23歳で夭逝した伝説的な少女小説作家のデビュー作です。詳しい解説は大阪国際児童文学館のサイトで。
湘南に住む上流階級のふたつの家族の少年少女の日常が描かれています。草場家の子どもたちは、おっとりした文学少女の長女サユリと色黒で元気な次女梢を中心に、幸福を体現したような生活を送っています。草場家の少女はバーネットやスピリなどの海外少女小説が好きで、スイスに引っ越す空想遊びに耽溺したりしています。かと思えば、狭い廊下でわざと肩をぶつけあって「無礼であろう!」と言いあうオサムライ・ゴッコなる愉快な遊びに興じたりもします。
ここにあるのは、強靱な空想力と信仰心*1を柱とした主体的な生き方によって楽園を作り上げることができるのだという、たくましい人間賛歌です。
もう一方の日高家は、対照的に不幸を担当しています。病弱で薄幸な姉黎子と純真な妹のこのみは、父を亡くし遺産争いに巻き込まれ、さんざんな目に遭います。幸福担当の家庭と不幸担当の家庭を役割分担することにより、物語が引き締まっています。日高家の子どもたちも結局は信仰によって救われ、作品全体ではやはり楽園性が貫かれています。
作品の最後には、付録として作中の少年少女たちが作ったという設定の文芸同人誌が収録されています*2。これは、楽園を虚構の中に閉じ込めるうまい仕掛けになっています。

*1:登場人物は時代にもかかわらずみな当たり前のようにクリスチャンで、エス様を信じている。

*2:パール文庫版には未収録。