『新戦艦高千穂』(平田晋作)

新戦艦高千穂 (パール文庫)

新戦艦高千穂 (パール文庫)

パール文庫12月の新刊は、「少年倶楽部」1935年7月号から1936年3月号にかけて連載されていた軍事愛国小説『新戦艦高千穂』です。例によって詳しい解説は大阪国際児童文学館のサイトに投げます。
日本とA国(たぶんアメリカ)とB国(たぶんソ連)の北極探検競争の物語です。北極はおそろしいオットセイや白熊が跋扈する秘境。主人公の小川寛少年の祖父と曾祖父は、北極探検の道半ばで行方不明になっており、北極の攻略は一族の宿願となっていました。寛少年は海軍少佐の父とともに二千噸の帆走汽船北斗丸に乗り込み、悲願の達成を目指します。まさに冒険小説の王道です。
北斗丸の後方についているのが、北極探検のための日本の秘密兵器・新戦艦高千穂です。司令官は寛少年の伯父の勝山少将。彼の娘の一枝さんがもうひとりの主人公になります。
この一枝さんが行動的な少女で、父が戦艦に乗せてくれないものだから、フォッカー型単葉機を操縦して戦艦を追いかけ、無理矢理北極探検に参加してしまいます。終盤は敵国艦隊と空中戦まで繰り広げます。
いとこの寛少年とはとてもなかよし。北氷洋で再会した2人は手旗信号で「ココハ オンナノクルトコロデハアリマセンヨ。オテンバ デスネ」「ユタカサン ノ バカ。 ホッキョクグマニ クワレテシマエバ イイキミヨ」と軽口を言い合います。
冒険小説としてはいま読んでも一級品です。しかし時代が時代なので、他国を蔑視する表現などは引用するのもはばかられるほどひどいものばかりです。では、当時の子どもはこのような作品をどのように読んでいたのでしょうか。少国民世代の山中恒は次のように振り返っています。

子どもたちは学校などで日常的にうんざりするほど忠君愛国思想についてのお説教を聞かされていたので、物語や漫画の忠君愛国思想にはほとんど気にも止めず、ひたすら登場人物の運命の転変に一喜一憂した。確かに山中峯太郎の『星の生徒』等を読んで陸軍幼年学校を目指した子どももいたであろうし、平田晋作の『新戦艦高千穂』を読んで海軍に魅せられた子どももいたと思われる。しかし小説を読んで自分の将来の人生設計を考えるのは、かなり年長になってからのことである。だからこれらの愛国軍事小説群は、この時期の子どもの「こうなれたら格好いいだろうなぁ」という、漠然とした憧れを提示したに過ぎない。
少国民戦争文化史』(辺境社・2013)p99

少国民戦争文化史

少国民戦争文化史

たしかに子どもは、大人の〈教育的意図〉など読み飛ばして、物語のおもしろいところだけを楽しむものです。愛国小説を読み直した山中恒は、ストーリーは覚えているのに「ファナティックな軍事主義的忠君愛国思想」がまったく記憶に残っていなかったことに驚いています。
パール文庫ではじめてこのような作品に触れる現代の若者は、どう読むのでしょうか。