『さよならのドライブ』(ロディ・ドイル)

さよならのドライブ (文学の森)

さよならのドライブ (文学の森)

この作品を読む者は、幸福の定義を更新しなければならなくなります。「幸福とは、母親が自分のためにアイスクリームを盗んできてくれることである(本当はお金を払ってるけどね)」、これが新たな幸福の定義です。
ブッカー賞を受賞しているアイルランドの作家ロディ・ドイルの児童文学作品です。この作品はガーディアン賞およびカーネギー賞の最終候補まで残ったそうです。
主人公は12歳の少女メアリー。彼女はトチノキが並んでいる坂道で、見知らぬ女性と出会います。彼女はメアリーに、老衰で死期が迫っている祖母のエマーに「だいじょうぶだよ」というメッセージを伝えてほしいと依頼します。実はこの女性は、若くして亡くなった曾祖母タンジーの亡霊でした。タンジーはメアリーと母親のスカーレットの手助けを得てエマーとの再会を果たし、4世代の女性勢揃いで夜のドライブに出かけることになります。
4人の女性が好き勝手に空気を読まない発言をするので、こういう設定なのに話はなかなかシリアスな雰囲気になりません。タンジーを初めて見たスカーレットは、幽霊はブタ小屋に住むのかというどうでもいい論争を始めます。子どもと手をつなげば幽霊でも病院に入れるというルールが提示されると、メアリーは「あたし、子どもじゃないもん!」と、反抗期を発動させます。ようやくエマーを病院から連れ出して車に乗せたときには、タンジーがバックミラーに映っていないことにスカーレットが気づいて、場違いな悲鳴を上げてしまいます。
これらの空気の読めない言動で、この特別な体験が日常性の中に回収されます。そのことによって日常のかけがえのなさが強調され、感動が増幅されます。
もうすぐティーンになることを意識している年代のメアリーに、愉快な大人像を提示しているところも、この作品の特徴です。スカーレットは語尾に「!」を付けないと気が済まない性格で、ひねくれ者のメアリーからは少し疎まれていました。タンジーは外見上はこの集団の中で2番目の若さですが、生きていれば100歳を超える最年長者なのでもっともいばっています。エマーは幼いころに死別した母親と娘に挟まれて、自分の立ち位置を見失います。ここでは、単線的な成熟観は脱臼されています。