『夏葉と宇宙へ三週間』(山本弘)

小学生のころに読んだトラウマ本のひとつとして、さとうまきこの『ぼくの・ミステリーなあいつ』が記憶に残っています。これは、小学生が自主的にUFOにさらわれる話でした。当時はなぜこの話がそんなに怖いのかわからなかったのですが、あとになって考えてみると、これは子どもが現世を見捨てる話であり、つまりは自殺が描かれていたからおそろしかったのだと理解できるようにになりました。
『ぼくの・ミステリーなあいつ』はUFOにさらわれるところがラストでしたが、『夏葉と宇宙へ三週間』は、小学6年生の少女夏葉が自主的にUFOに連れ去られる場面が出発点です。その場面を見ていた同級生の新も、夏葉を助けようとして巻き込まれてしまいます。
夏葉の家庭環境が不遇であったり、学校で疎外されていたりすることを新は知っていたので、夏葉が宇宙に出ることを選んだ理由をなんとなく察してはいました。このあとは宇宙での楽しい冒険旅行が繰り広げられますが、その非日常が楽しければ楽しいほど、現実から逃げているという後ろめたさがつきまとってきます。やがて、「しあわせアンテナ」という脳をいじってしあわせな気分にする器具を宇宙中の人間につけてやろうとしている、お節介で迷惑なロボット集団と戦う展開になります。ここで、脳改造という、自殺に匹敵する究極の逃避の手段が提示されてしまいます。
常に倫理的課題を追究している作風の山本弘ですから、このあたりの問題はエグく描こうとすればいくらでもエグくできるはずです。しかしこの作品では、語り手の新の理解度にあわせて、ある程度セーブされています。そのためかえって読者の想像力を刺激し、考えれば考えるほど怖くなるスパイラルに導いています。