『空中ブランコのりのキキ』(別役実)

空中ブランコのりのキキ

空中ブランコのりのキキ

黒い郵便船―別役実童話集

黒い郵便船―別役実童話集

三一書房から刊行されていた別役実の童話集『黒い郵便船』の改題新装版が、復刊ドットコムから刊行されました。
作品世界の空気を一言で表すなら、「滅び」です。街は滅び、栄光は消え、いつかはみんないなくなってしまう。逃れられない運命のはかなさがこれでもかと描かれています。
はじめの短編「街と飛行船」は、孤立した街の上に謎の飛行船が現れる話です。砂漠と海に挟まれているので動物園には間違って飛んできて捕まった鳥しかおらず、人々の楽しみは博物館にクジラの骨を見に行ったり、壊れた天文台に行ったりすることくらいしかないというさびれっぷり。人々は飛行船を、伝染病にかかった自分たちに薬を散布するために来たものだと信じて歓迎しますが、飛行船はなにもせず浮いているだけでした。ひとしきり静かな騒動があったのち、別役作品では珍しくない全滅エンドが訪れます。未明しかり、賢治しかり、日本の童話は夢も希望もないのが多くてすばらしいですね。
圧巻なのは、この作品集で唯一の長編「黒い郵便船」です。死んだ人が黒い郵便船でにらいかないへ運ばれるという噂のある街の物語が、いくつもの層を持って語られます。ひらがなで表記され傍点が付けられている〈にらいかない〉や〈ふとうびるでいんぐ〉、〈めりいごうらうんど〉といった単語が、作品世界に奇妙な味を与えています。
この作品集に登場する人物は、名前がなかったり、あったとしても〈キキ〉や〈ロロ〉といった音を重ねただけの記号的なものであったりして、個人としての固有性が剥奪されています。別役劇の登場人物の多くがト書き上は〈男1〉〈男2〉〈女1〉〈女2〉としか記されていないことが思い出されます。そうしたあやふやな人々は、いとも簡単に街や人々のうわさ話や伝承や言葉や文字といったものに飲み込まれてしまいます。そのむなしさ、はかなさが美しく描かれているところに、この作品集の魅力はあります。