『わたしちゃん』(石井睦美)

わたしちゃん (おはなしだいすき)

わたしちゃん (おはなしだいすき)

海辺の町で両親と祖父母と暮らしていたまりは、父親の仕事の都合で祖父母から離れて引っ越すことになりました。ちょうど夏休みで学校もなく、両親も忙しくてかまってもらえなくて暇をもてあましたまりは、一人で町に飛び出し、通りかかった家一軒一軒に名前を付けるという遊びをします。やがて、「わたし」と名乗る不思議な女の子と出会い、ふたりでいろいろな空想遊びをします。
幼い少女の素直で透明な感情が、非常に繊細に描かれています。祖父母と砂浜を歩きながら急に寂しくなりふたりの手をぎゅっと握る場面など、静かな筆致なのにその強い感情が突き刺さってくるように感じられます。
まりは海辺の町で暮らしていたとき、もうひとりの「わたし」をイマジナリーな友達にしていました。それが引っ越したのち、「わたしちゃん」という名前を持つ他者に変化します。ささやかな違いなようですが、イマジナリーな友達の変化を通して少女の変容がダイナミックに描かれています。
物語的な起伏を求めるタイプの作品ではありませんが、細部の表現がすばらしく、石井睦美のよさが凝縮されたような作品になっていました。