『6月31日6時30分』(寺村輝夫)

6月31日6時30分

6月31日6時30分

『五月三十五日』とか『9月0日』とか、あるはずのない日付が登場する児童文学には心を躍らせる魅力があります。ところがこの『6月31日』は、読者を不条理の迷宮に閉じ込めるタイプの傑作です。
1974年に童心社から刊行された『6月31日6時30分』が復刊ドットコムから復刊。挿絵・装丁は安野光雅です。
鍵っ子のロコちゃんが家に帰り鍵で扉を開けようとしますが、なぜか開かず、家の中から「そのかぎは、ドアを、しめるためのかぎだよ」という声が聞こえてきます。その声は閉めるための鍵で開くことができるはずないと、奇妙な論理を振りかざします。終始こんな具合で、ロコちゃんが動物を「飼う」といいたいところを「買う」と解釈され、動物会議でつるし上げを食らったり、電車に「のる」切符を買ったら、その切符では「おりる」ことはできないと電車に閉じ込められたり、さんざんな目に遭います。章の終わりには「ンロンコン」*1という謎の呪文のようなものが唱えられ、このリズムで読者は作品のペースに取り込まれていきます。
ということで、王さまシリーズのセルフパロディ『消えた2ページ』のように、言葉遊びとへりくつで子どもを追い込んでいく不条理作品になっています。
その不条理の世界を安野光雅がみごとにイラストにしています。切り絵調の団地の風景や人物の集団や動物たちが、読者を不安定な気分にさせます。

*1:言葉のどん詰まりの「ン」で「ロコ」が包囲されているというのは、素朴すぎる解釈か。