『どろぼうのどろぼん』(斉藤倫)

どろぼうのどろぼん (福音館創作童話シリーズ)

どろぼうのどろぼん (福音館創作童話シリーズ)

チョコレートやクッキーの缶に入れといわれても困りますけれど。どろぼうのどろぼんは、よくそんなふうにいったものだ。でもそれが家だったらどこへだって入れますよ、って。(p3)

詩人の斉藤倫の、初の児童文学作品。「子どもというには年をとりすぎているけど、おじいさんというには若すぎる。背はのっぽというには低すぎるけど、ちびというには高すぎる」という、特徴のないどろぼうのどろぼんの身の上話を、偶然彼をつかまえて取り調べをすることになった刑事の「ぼく」が聞かされるという形式の物語です。
「ぼく」とどろぼんの出会いの場面がとても幻想的です。この美しくもはかなげな場面が、のちに明らかになるどろぼんが直面している困難を暗示しています。

あじさいの小さな花びらのひとつひとつに雨つぶが包まれるように当たって、そのささやかな音がたくさん集まって冷たい空気をふるわせていた。あじさいにはじかれた雨つぶは、さらに小さくくだけて紫色の煙幕になり、むせかえるようにあたりをかすませていた。それがどろぼんと、ぼくの出会いだった。(p6)

どろぼんには、ものの声を聞くことができるという能力がありました。それが初めて発覚したのは4歳の時、母親がお手伝いさんをしていたお屋敷で、誰からも顧みられていなかった花瓶の声を聞きます。「ころして ねえ ぼくをころして!」「こここころしてねえこここころころころころころころ」「かびんだよいちどもはなをいけられたことないんだようかびんなのにおかしいだろかびんなのにおかびんなのにか」こう言った花瓶は自ら身を投げ自殺してしまいます。4歳の子どもに見せるにしてはあまりにも衝撃的な場面です。
その後どろぼんは、持ち主からないがしろにされていたり忘れ去られたりしているものの呼び声を聞いて、それを盗み出す(救出する?)活動を始めます。
それが善行とはいえ、ものの呼び声に応えているだけのどろぼんの姿勢は、主体性のない生き方であるといえます。この作品では、そんなどろぼんが能力を失いかけることによりこの世界との関わり方を見つめ直す過程が描かれています。しっとりと幻想的で時に病んでいる筆致が、作品世界にうまくあっています。
本の作りも凝っています。本文と重なり合うようにイラストが挿入されていたり、まるで子どもが落書きをしたかのように色が塗られていたりと、気になる表現がいくつもあります。
内容面でも造本面でも野心的な作品になっていました。