『ハングリーゴーストとぼくらの夏』(長江優子)

ハングリーゴーストとぼくらの夏

ハングリーゴーストとぼくらの夏

日本からシンガポールに引っ越すことになった小学6年生の少年朝芽が、植物園で亡霊めいた人物と出会ったことをきっかけに戦時中に行方不明になった美術品に興味を持つようになり、やがて日本軍のシンガポール華僑虐殺事件の歴史にたどりつくというストーリーです。
外国のはずなのに日本とほとんど変わらないようにみえるシンガポールという空間を舞台に選んだのは慧眼です。朝芽は日本の学校では秀才キャラを演じていましたが、シンガポール日本人学校は本物の秀才だらけだったので、キャラを封印します。こういったところで日本との差違を出しているのがうまいです。
そこにはいろいろな歴史を背負った人々が住んでいます。それは子どもも同様。日本と外国の関わり・歴史が、完結したものではなく今に続いているものであることを強調することで、戦後約70年に生きる子どもが主人公であることにきちんと必然性を持たせています。ここが、戦争児童文学として評価できるポイントです。
ただし、作中で起きる不思議な現象へ説明が不足しているのが難点です。異なる時間の接続については一応説明はありますが、携帯ゲーム機がそれを受信できる理由についての説明はなく、また、外国語が理解できるようになる理由も説明されていません。設定の作り込みが甘く、手垢のついてしまった戦争児童文学の手法をよく考えることなく取り入れてしまっただけのようにみえてしまいます。着眼点がよかっただけにもったいないです。