『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)

鈴狐騒動変化城 (福音館創作童話シリーズ)

鈴狐騒動変化城 (福音館創作童話シリーズ)

「むははははは」
「やめなさい」

町で人気の美少女・お鈴ちゃんの評判が殿様の耳に入り、城に迎えられることに。お鈴ちゃんに懸想していた町の若い衆はみな怒り心頭。狐のおツネちゃんをお鈴ちゃんに化けさせて城に乗り込み、バカ殿に一泡吹かせようと大作戦を立てるという、上方落語テイストの娯楽児童文学です。
著者の田中哲弥は児童文学は初めてですが、ライトノベルファンやSFファンにはよく知られている作家です。電撃文庫で数作本を出し、『悪魔の国からこっちに丁稚』という電撃文庫では大変珍しい海外作品の翻訳(ただしどうも超訳らしい)も手がけていましたが、しばらく単著の出ない期間がありました。やがてハヤカワ文庫で電撃文庫の作品が再刊され、新作も早川書房から刊行されました。でも、そんな経歴は別に知らなくてかまいません。われわれが田中哲弥について知っておくべきことはただひとつ、彼の小説は無茶苦茶おもしろいということだけで充分です。
さて、『鈴狐騒動変化城』は、あらすじからわかるように王道の娯楽ストーリーです。しかし、ストーリーのずらし方が絶妙です。シリアスかと思えば、ギャグに走り、それでいて一瞬でシリアスに戻る。町人や殿様の登場する落語ワールドかと思いきや、忍者や剣豪も入り乱れる。いきなり怪奇幻想風の話になったかと思えば、また落語に戻る。王道と異端を行きつ戻りつし、安心感があるのにどこに行くのか予想がつかない、珍妙な読書体験を楽しませてくれます。
キャラクターもとがっています。やはりおもしろいのは、狐のおツネちゃん。美少女に化けているのに空気を読まず「むははははは」笑いをし、「やめなさい」とツッコミを入れられるのが天丼ギャグになります。
彼女は狐なので、人間の人情がわかりません。身投げをしたお鈴ちゃんを助けたときに、お鈴ちゃんの顔見知りなだけの若者から礼を言われ、「タダノカオミシリ、ナンデタスケテ、ナンデアリガトウカナ」「ワカラーン」と言い放つような、異形の存在となっています。そんな外部の視点が入るからこそ、人情の世界の豊かさが浮かび上がってくるようになっています。
殿様も興味深いキャラクターになっています。酒の徳利を片手に持ち、「がぼー」という奇声を発し、着ている長襦袢は乱れ最後には全裸に近い状態になる、絵に描いたようなバカ殿。そんな彼が最後の最後で底知れぬ悪を見せます。
文章も技巧的です。落語調の台詞と標準語の地の文の接続の仕方に工夫が凝らされていて、おもしろさと読みやすさが両立した流麗な文体になっています。
装丁は祖父江慎+鯉沼恵一、イラストは伊野孝行。本の作りも遊び心に満ちています。カバーを見ればわかるように、そもそもタイトルが読みにくいです。読みやすさよりもデザイン性を優先した冒険的な作りになっています。デザインについては画家のブログで詳しく解説されているので、参照してください。
http://www.inocchi.net/blog/3965.html
http://www.inocchi.net/blog/3984.html
とにかく、すべてにおいておもしろい本です。今年のベスト児童文学の有力候補になることは間違いないでしょう。