『初音ミクポケット 歌に形はないけれど』(濱野京子・doriko)

ボーカロイドの楽曲をモチーフにした「ボカロ小説」というジャンルが、いつの間にか書店の目立つ部分を占めるようになりました。その流れは児童書界にも波及し、ポプラポケット文庫で「初音ミクポケット」という、レーベル内レーベルが誕生しました。
タニグチリウイチによると、ボカロ小説には「異能や人工知性という要素が盛り込まれた作品がわりとある。土台にある音声合成ソフトのボーカロイド自体が、人工的な歌姫というSF要素をくすぐるカタマリだからなのかもしれない*1」とのこと。濱野京子のこの作品も、黄金期のジュヴナイルSFのような作品でした。
主人公の拓海は、大切な女の子を亡くした傷心で趣味のギターにも打ち込めなくなっていました。そんなとき、クラスに御厨麻希というミクのパチモンみたいな名前の転校生がやってきます。秘密主義でなかなか周囲と打ち解けない麻希でしたが、音楽をきっかけに拓海と仲良くなっていきます。ところが、拓海の親友が麻希に片思いをして、三角関係、四角関係に発展していきます。
すらすら読める文章で、ロマンチックな内容なので、ポケット文庫の読者が憧れを持って読むにはちょうどいい内容です。しかし、話が本当におもしろくなるのは、麻希がある失言をしてからです。なぜ麻希は孤独を貫こうとするのか、実は高い身体能力を持っているのになぜ隠そうとしているのか、いろいろな謎が一気につながっていきます。
センス・オブ・ワンダーとは、未知なるものへの憧れ。シンプルにSFの楽しさを味わわせてくれるこのようなプレーンな作品は、SFの後進を育てていく上で貴重な存在です。

*1:『S−Fマガジン』2014年6月号より