『星のこども』(川島えつこ)

星のこども (ノベルズ・エクスプレス)

星のこども (ノベルズ・エクスプレス)

端正でメランコリックな文章でダウナー系の気持ちよさを味わわせてくれる鬼才・川島えつこが、5年ぶりに新作を出してくれました。
ピアノ教室の帰りに小学校をのぞいている不審者を発見したゆい。よく見ると不審者は年の離れたおねえちゃんでした。おねえちゃんは小学校に伝わる河童の伝説を教えてくれ、ついでに「あかちゃんがうまれるんだ」と告白しました。でも、ゆいにとってそれは全然珍しいことではありませんでした。生物の教員をしているおねえちゃんは学校でいろんな生き物を飼っているので、そのあかちゃんだと思い、気軽に「なんの?メダカ?サンショウウオ?」と聞き返します。それにおねえちゃんは「人間の」と答えます。家に帰ってから母親と父親も同様のやりとりを繰り返します。ゆいは孤独な小学校生活を送りつつ、胎児を抱えたおねえちゃんを見守っていきます。
あらすじを紹介すると「命の大切さを訴える」みたいないかにも学校の先生がすすめそうなつまらなそうな作品にみえてしまうのが、川島えつこ作品の非常に損している点です。そのため、届くべき層に届いていない懸念がもたれます。とんでもない、一見無害な道徳的テーマを扱っているようにみえて、川島えつこはおそろしい毒を混入しているのです。
おねえちゃんは生物の人なので、ちびちびちゃん(胎児)について生物の講義のように語ります。そこには情緒はほとんど介在しません。「体の中にずうっと、もうひとつの生き物がいるって、たいへんなんだ。足はむくむし、食欲も味覚もへんになるし、あたしの体は今、ちびちびちゃんが操縦してるようなもんだよ」と、胎児を異物のように語ったりもします。
あー、妹が妊婦の姉を観察する話というと、あれを思い出しますね。小川洋子の『妊娠カレンダー』。もちろんこれのように本当に(?)毒を盛るわけではありませんが、『星のこども』でも、抑制があるのに浮遊感のある語りで、生への根源的な違和感や生きることの気持ち悪さがほのめかされています。しかし、毒を含みつつも基本的には世界を肯定する優しさも兼ね備えているのが、川島えつこのさらにおそろしいところです。
美しい文章と毒と優しさ、久しぶりの新作でしたが、川島えつこらしさを堪能させてもらいました。かわりのいない作風の作家なので、ぜひ1年に1作くらいのペースでコンスタントに本を出してもらいたいです。