『赤いペン』(澤井美穂)

赤いペン (文学の森)

赤いペン (文学の森)

第16回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞作。夏野という少女が、文学館の職員らの手を借りながら、人から人へと旅をする〈赤いペン〉をめぐる都市伝説を採集する話です。
バーがあまりにもまがまがしいので、この〈赤いペン〉というのは人の生き血をすするたぐいのアイテムではないかという先入観が持たれてしまいます。しかし実態はだいぶ違います。夏野が採集したエピソードはどれも端正な喪失と回復の物語になっています。ちゅうでん児童文学賞に選ばれるだけあって新人離れした文章の流麗さを持っており、とても読み心地のいい作品になっています。
あまりに文章がうまくさらりと読めてしまうので、うっかりすると見逃してしまいそうになるのですが、この作品はいろいろすごいことを成し遂げています。
主人公の夏野はコミュニケーションが苦手で、〈赤いペン〉に強い興味を持っていながら、その話を他人から聞くことを躊躇していました。しかし文学館の職員の助言で、苦手なことは得意な人にやってもらえばいいと割り切るようになり、クラスメイトの春山という少年を助手にして物語の採集にいそしみます。コミュニケーションの問題はYA作品の大きなテーマになることが多いのですが、この作品ではその問題を主人公に克服させるのではなく、問題自体を消滅させるという裏技を使っているのが特異です。
夏野の協力者の一人として、五朗さんというおそらく性同一性障害のお姉さんが登場します。しかしこの作品では、それが全然作品のテーマとして浮上してきません。まったく無意味にマイノリティに物語の中に居場所を確保させるいう、日本の児童文学ではまだなかなか類例が見られない進歩を成し遂げています*1
枠内の物語は美談ばかりですが、枠外の人物は趣味の世界に生きる癖のある人物ばかりで、一筋縄ではいきません。ある種の趣味に生きる人間は、趣味のために他人を利用することにためらいがありません。いや、利用しているという意識すら持たないのです。たとえば夏野は、春山が自分に好意を持っていることにまったく気づかず、彼をいいように利用しています。その夏野もまだかわいい方で、もっとひどく他人の人生をもてあそぶ人物も登場します。
こういった、ある種の趣味に生きるの人間の薄情さ、悪人とまではいえないけれども人の道から外れた生き方を描いているところが、この作品の一番の成果です。その意味ではこの作品はまぎれもなくホラーなので、怖いカバーはあながち詐欺とはいえません。

*1:最近では、いずみたかひろの『カッチン』(小峰書店・2014)が、比較的無意味に性的マイノリティを登場させていると思われる。