『酒天童子』(竹下文子)

酒天童子

酒天童子

江戸期の『前太平記』やさまざまな説話をもとに、大江山の鬼退治を中心として源頼光とその四天王や藤原保昌の活躍を描いた作品です。
著者は参考にした『前太平記』を、「お江戸の平安ファンタジー」であると捉えています。このスタンスがいいです。古典ということで肩肘張らず、歴史考証にもそれほどこだわらず、ただただ楽しい物語として原典を解釈しているので、語り直されたこの作品も難しいことを考えず物語世界に没頭できるよい娯楽読み物になっています。
渡辺綱と鬼の因縁を強調したり、安倍晴明トリックスター的なキャラ付けをしたりと、ひとつながりの物語として盛り上げる工夫も凝らされています。
作品が現代性を獲得する上でもっとも効果を発揮しているのは、源頼光を一人称の語り手として設定したことです。自分の体験ばかりでなく四天王や藤原保昌安倍晴明らの逸話も語る頼光は、うさんくさい語り手として読者の前に立ちます。しかしホラ話を聞かされるうちに語り手と読者のあいだに共犯関係が生まれ、荒唐無稽なはずの鬼退治の話が確かなリアリティを伴って立体的に立ち現れてきます。