『さくらいろの季節』(蒼沼洋人)

さくらいろの季節 (teens' best selections)

さくらいろの季節 (teens' best selections)

最近、若手の児童文学作家が、奥田継夫『ボクちゃんの戦場』リバイバルさせるという現象が起きています。「日本児童文学」2015年1・2月号に掲載された有沢佳映の短編「友達の絵」には、『ボクちゃんの戦場』を読む少女が登場します。そして、第4回ポプラズッコケ文学新人賞受賞作『さくらいろの季節』でデビューした蒼沼洋人も、公募ガイドのインタビューで『ボクちゃんの戦場』の影響を公言しています。学校空間こそが戦場であるという認識のもとに、60年代の作品の魂を継承している若い作家の存在は、とても頼もしいです。
プロローグでは、小学2年生時代の主人公めぐみが、親友の理奈と優季とともに願いを叶えるおまじないをするため桜の木の下でダンスをするようすが、幸福感たっぷりに描かれています。しかし本編の6年生になるとその桜は病気になり、魚のくさったような臭気を放つ実を落とすようになってしまいます。このわずか10ページ足らずで、世界は取り返しのつかないくらい病んでしまったのだということを印象づけています。
いつの間にかクラスを牛耳るボスになっていた理奈は、ポイント制の班競争を導入して、恐怖政治を敷いていました。さらに、頼みの優季も転校することになってしまいます。
予期せぬアクシデントで人間関係が転変し、いつ自分の身に災難が襲いくるかわからない戦場のような学級で生きる少女たちの姿が、感傷的で美しい筆致で記述されています。スラスラ読めるのに重さも感じさせる、児童文学に適した文体になっています。
目を引くのは、主人公のめぐみのしたたかさです。めぐみは理奈が自分に未練を持っていることを知っていて、彼女の忠誠心を試すかのようにちらちらと理奈に逆らってみせます。理奈の権力をうまく利用しながら自分の生きやすいポジションを探っていくめぐみのやり方は、『ボクちゃんの戦場』の主人公のずるがしこい処世術を思い出させます。
もはや現代児童文学は終焉したという言説も流れている児童文学界に、戦後児童文学の伝統を背負いつつ現代を描く新人が登場したことは、たいへん喜ばしいです。蒼沼洋人の次の作品が期待されます。