『清政 絵師になりたかった少年』(茂木ちあき)

清政―絵師になりたかった少年

清政―絵師になりたかった少年

まず、タイトルの残酷さにおののいてしまいます。「絵師になりたかった」というタイトルは、「絵師になれなかった」という結果を示唆してしまっています。
天明の大飢饉の時代、有力な地本問屋「白子屋」の跡取り息子として生まれた少年政之介は、絵師になることを夢見て日々絵を描いて過ごしていました。ある日、仕事一筋の人間だと思われていた父親が、実は憧れていた絵師鳥居清長であったことを知ってしまいます。なんという少年マンガ展開。
ところが父は、鳥居派の正統な血筋の跡継ぎを育てるための中継ぎと役して、鳥居派の四代目に就任してしまいます。父は立場上息子に目をかけることはできなくなり、政之介の夢をあきらめさせようとします。
政之介を抑圧したのは父親だけではありませんでした。寛政の改革が始まり贅沢禁止令が敷かれ表現規制が厳しくなり、蔦谷重三郎が身代半減の罰を受けたり、山東京伝が手鎖五十日の刑を受けたりと、重苦しい時代がやってきます。時勢の闇も、政之介に重くのしかかってくるのです。
運命に翻弄される政之介の悲劇、そして一瞬限りの大逆転が淡々とした筆致で描かれていて、非常にもの悲しいあじわいを与えてくれます。
絵師や役者などの江戸時代の芸術家、芸術家を支える地本問屋などの姿は生き生きとしていて、江戸の人々の息づかいが聞こえてくるようなリアリティがあります。同時に、あらゆる抑圧にあらがう若者の姿が描かれているという点で、強固な普遍性も獲得しています。
地味な見た目の本なので、子どもは手に取りづらいかもしれません。しかし、読んでみれば確かな爪痕を残してもらえる印象深い本になることでしょう。