『お嬢様探偵ありす  天空のタワー事件』(藤野恵美)

カラフル文庫の「怪盗ファントム&ダークネス」シリーズや創元ミステリ・フロンティアの『ハルさん』ですでに本格ミステリ作家としての実力をみせつけていた藤野恵美が、青い鳥文庫に登場してこのシリーズの第1巻を刊行したのは、2010年でした。第1巻が刊行されてから5年。5年で全7冊という、児童文庫としてはゆっくりペースの刊行でしたが、ようやくシリーズが大団円を迎えるときが来ました。
ゆきとがありすに探偵をやめるよう呪いをかけてふたりが決別してから1年、ゆきとの前にありすの父親秋麻呂が現れます。秋麻呂はゆきとに、超高層ビルバベルタワーで開催される、ありすの婚約者の誕生パーティーに潜入し、ありすに亡母の手紙を渡すように依頼します。ところがバベルタワーでは、婚約者の弟を人質にした脅迫事件が起きてしまいます。
超高層ビルの占拠事件の中でお姫様奪還という、フィナーレを飾るにふさわしい派手なシチュエーションが用意されました。息つく暇もないめまぐるしい展開のなかで、すべての因縁に美しく決着がつけられます。呪いを解かれたら即座に事件の真相を看破するありすお嬢様のかっこよさといったら、どんなに言葉をつくしても充分に称えることはできません。最高の最終回になっていました。
いつも繰り返していることですが、このシリーズの特色は、最高の本格ミステリであると同時に、最高の児童文学になっているということです。パズラーとして優れているのはもちろん、ミステリの趣向を児童文学的なテーマに取り入れているのが、藤野恵美ならではです。『豪華客船の爆弾魔事件』での入れ替わり・本物と偽物をめぐる問題。『秘密の動物園事件』での××犯人という趣向は、名探偵をめぐる問題をあぶり出すとともに、操りという問題も想起させます。そしてこの『天空のタワー事件』で、常に探偵としてのあり方に悩み続けてきたありすは、このような問題に行き着いてしまいます。

「わたしは自分が、真実をみつけられると思っていた。手がかりが集まれば、必要なピースさえそろえば、事件は解決できる、と。けれども、たどりついた真相が、本当に唯一無二の真実かどうかなんて、どうすれば証明できるの?」
「もし、探偵が知らなかった情報があれば、論理なんて簡単にくずれてしまう。解決に必要な手がかりが、完全にそろっているかなんて保証できない。ニセモノにだまされていないとは、言いきれない。全知全能ではない人間には、真実をさがしだすことなんて不可能なのよ。」(p86-87)

後期クイーン問題を思わせるこの問いに、作品は児童文学としての解答を出し、不可能性を引き受ける道を選ばせます。
家族関係など、近しい人間関係のなかでかけられる呪い。呪いを解除したと思っても、実はそれは別の呪いを上書きしただけなのかもしれません。信頼という美しい言葉も、実は呪いの言いかえなのかもしれません。なにが正しいのか、なにを頼りに生き方の指針を決めれないいいのか、なにもかもが不確定な世界のなかで自分の選択・決断を引き受けること。それがこのシリーズが児童文学として指し示した道であったのではないかと思います。