『コミック密売人』(ピエルドメニコ・バッカラリオ)

コミック密売人 (STAMP BOOKS)

コミック密売人 (STAMP BOOKS)

「本や交響曲や絵や、あるいはひとり芝居を不安視するのと同じことだ。人はそういうものを恐れることがあるとおもうかい?」
「まさにそういうものを、人は、恐れるんだ。抑圧できないからだ。自由だからだよ。ぼくらは自由な生き物なんだ。たとえ、いろんなことを禁じて統制しているこの街のようなところで生活していてもね」(p197)

岩波書店「STAMP BOOKS」の約1年ぶりの新刊は、「ユリシーズ・ムーア」シリーズで知られているイタリアの作家ピエルドメニコ・バッカラリオの作品です。
舞台は1989年のブダペスト。アメコミを読むことを禁止されていたり、父親が亡くなると党が強制的に母親の再婚相手をあてがってきたりするという、自由のない町でした。そんな町で15歳のシャーンドルは、アメコミを謎の人物ミクラさんから入手し、周囲に売りさばくという危険な商売をしていました。しかしその商売が発覚しそうになったり、家庭にも危機が訪れたりして、シャーンドルの生活は一変してしまいます。
訳者あとがきでお茶を濁したような書き方がなされていますが、どうもこの作品は、特定の時代の特定の場所を舞台とした作品としては時代考証が甘いようです。しかし、この作品は史実を元にしたフィクションとして理解する必要はないでしょう。親や学校の方針によって子どもの娯楽が制限されたり、家庭に悪意を持った人間が入り込んできたりといった不幸は、社会情勢にかかわらずありふれています。自分を抑圧するものとの対決は思春期の課題であり、それを乗り越えることはある社会体制がひっくり返ることに匹敵するようなドラマであるということが、この作品では述べられているのです。
少年を襲う大きな変化にも心を揺さぶられますが、アメコミを読んでいてヒーローよりも女性キャラが気になるようになったというような些細な変化も身につまされます。なかなかよい思春期文学になっていました。