『向かい風に髪なびかせて』(河合二湖)

向かい風に髪なびかせて

向かい風に髪なびかせて

河合二湖の待望の新作は、容貌をテーマとする連作短編集です。容姿による差別はその存在自体がタブー視されるくらい苛烈なものです。そんな難しいテーマに挑める覚悟を持った作家は、児童文学界でも希少です。テーマの選定の時点で河合二湖のすごさをみせつけられてしまいます。
第1話「そのままのきみでいて」の主人公小春は、マイナーな映画が好きな六輝とつきあっています。六輝は小春の素朴でかわいくて従順なところを愛していて、彼女へのプレゼントは一切金のかかっていない花冠、小春が着飾ることを許さず友だちづきあいにも口を出すという、救いようのない男でした。小春は自分があまりに「都合のいい」彼女であることに気づき、彼との関係を見直そうとします。しかしそのなかで、自分も六輝を都合よく利用していたことに気づきます。一方的に搾取されるのではなく、自分も搾取する側にまわるという自覚を得た小春は、ある意味で成長したといえるでしょう。
第2話「美女に腹巻き」は中学生ながらモデル業をやっているちょっと現実離れした優貴の物語。自分は恵まれた美貌を持っているのでノブレス・オブリージュの精神を持たねばならないと思っている彼女は、『小公女』のセーラ・クルーを手本として生きています。ただし、露出癖という困った癖も持っています。
「美」と「醜」、「聖」と「穢」という二面性を持っている優貴は、寓意に富んだ人物造形になっています。そんな彼女は、淡い憧れを持っていていつか「対等な友だち」になりたいと思っていたカメラマンから、最低の発言を投げかけられます。理想的な人間関係は絶対に得られないという諦念はデビュー作『バターサンドの夜』から続くもので、たったひとつの言葉で理想の人間関係が打ち砕かれるという絶望は非常に河合二湖らしいです。優貴はこの体験から、そもそもセーラ・クルーにも「対等な友だち」なんていなかったということに思い至ります。この開き直りも、成長と捉えるべきでしょう。
第1話第2話は男が少女を搾取する物語でしたが、第3話では女対女の搾取が描かれています。主人公の夢見は友だちのおばで、出戻りでほぼひきこもりのような生活をしているまひろおばさんと意気投合し、ファッションの手ほどきを受けます。しかしまひろおばさんのセンスは少々浮世離れしていて、夢見は次第に仲間内で浮いていきます。この話は、かつて差別されていた少女が大人になって少女を搾取する側にまわったと考えると、とてもやりきれない話にみえてきます。
第4話の主人公野乃は、美容整形を考えているほど容貌差別を受けている中学生です。彼女には小春や優貴・まひろおばさんのように搾取する側にまわるという選択肢は現時点では与えられていません。彼女の持っている選択肢は、いかに容貌を変えるかという即物的なものだけです。この絶望の深さは筆舌に尽くしがたいものあります。その絶望を直視して現実的な道を模索する河合二湖の姿勢には驚嘆させられるばかりです。
児童文学の重大な役割のひとつは、現世こそが地獄であることを子どもに説くことです。理想的な人間関係などを信じていれば搾取されるだけだという正しい現状認識がなされなければ、正しい対処法を得ることはできません。この作品に登場する子どもたちは、非倫理的な危うさを抱えながらも厳しい現実に立ち向かっていく対処法をそれぞれ手に入れていきます。そういった意味でこの作品はたいへん実用的な児童文学であるといえます。
河合二湖は2009年のデビューからまだ3作しか単著を出していません。しかしこの3作と数作の短編だけでも、河合二湖の作品が苦しんでいる子どもにこそ必要とされているものであることは、明確にわかります。量産してほしいなどと贅沢なことはいいません。ぜひ書き続けてもらいたいです。