『100万分の1回のねこ』(江國香織/他)

佐野洋子100万回生きたねこ』のオマージュ短編集。江國香織岩瀬成子・くどうなおこ・井上荒野角田光代町田康今江祥智唯野未歩子山田詠美綿矢りさ川上弘美・広瀬弦・谷川俊太郎と、執筆陣は超有名作家ばかりです。
江國香織の「生きる気まんまんだった女の子の話」は、『100万回生きたねこ』から「誰も愛さなければ100万回転生できる」ということを学んでしまい、転生するための生き方を貫く女の子の話。好きにならなくてすむようにわざわざ最低最悪の男と結婚するくらい、彼女の生き方は徹底しています。必然的に導き出されるシニカルな結末にぞっとさせられます。
岩瀬成子は序文で、「100万回も平気で孤独を生きたのに、愛が猫を滅ぼしてしまった。愛は恐ろしい」と、恐ろしいことをいっています。岩瀬成子「竹」は、竹という飼い猫の行方不明事件を軸とした短編。短い作品の中で主人公の少女の思考はあちこちに飛んでいきます。気になっている男子のこと、猫虐待疑惑のある近所のおじさんのこと、そのおじさんへの対応からあぶり出される家族のコミュニケーションの齟齬のこと、竹の行った先を想像するうちに近隣の地理があやふやになり、やがて迷い込んだ「闇のほう」のこと。不穏な空気の中で子どもの思考の機微を巧みに描き出した、岩瀬成子らしい上質な短編になっています。
綿矢りさの「黒ねこ」は、100万回も転生しているうちには有名猫にもなっているのではないかという発想の、軽妙なパロディ。ポーの「黒猫」を猫側の視点からコメディに仕立てています。
川上弘美の「幕間」も、ねこを有名猫(?)に転生させた話ですが、こちらはだいぶ複雑になっています。ここでねこが邂逅するのは、父親と旅をしている男の子です。タンスや樽を見ると荒らしまわる癖があり、皮の帽子や鍋の蓋などをどんどん見つけてくる男の子の正体は、読者にはすぐ予想がつくようになっています。転生というかたちでループを繰り返すねこ、別のかたちで死と再生を繰り返し、さらに数百万、数千万の平行世界を生きる男の子。ふたつの質の違うループものをぶつけることで、メタメタしく〈物語〉というものの罪深い側面を検証しています。