『双面の舞姫』(橘外男)

53年に「少女の友」に連載され偕成社から54年に刊行された橘外男の怪作ジュブナイルミステリ『双面の舞姫』が、ミステリ珍本全集『私は呪われている』に収録され久しぶりに日の目を見ることになりました。伊勢田邦彦のイラストがそのまま収録されているのも嬉しいです。
富豪の令嬢が雲仙への旅行中に失踪。その15年後、行方不明の令嬢と名乗る女性が、皮膚病を黒い覆面と外套で隠した姿れます。その女性は、殿さまと呼ばれる残忍な男に絵のモデルとして監禁され、さらに自らの病菌を入れたという注射を刺されたという奇怪な身の上話を語ったのち、死亡します。
上記のあらすじから予想がつくように、現代の見地からは許されない差別的な要素が含まれているので、これをいま児童向けの作品として世に問うことは不可能でしょう。しかし実話風の怪談としての豪快なホラの魅力には捨てがたいものがあります。
偕成社版『双面の舞姫』に収録されていた短編「人を呼ぶ湖」(初出は「少女の友」51年、連載時は藤崎彰子名義で発表)も、『私は呪われている』で読むことができます。こちらはPC配慮抜きで楽しむことができる作品です。
東チロルの山上にあるベルサ湖という湖の物語。その湖には若い女性を入水自殺に引き込むという伝説がありました。スイス一の大富豪の令嬢も、この湖に誘い込まれてしまいます。大富豪は巨額の資金をなげうって娘の死体の捜索を始め、その事業を通して湖の恐ろしい実態が徐々に明らかになっていきます。
巨大な水藻が生い茂っていて、そこに無数の女性の死体が絡まっている湖の姿は、格別の神秘性を味わわせてくれます。潜水夫はその恐ろしさのため潜水して死体を引き上げることを拒否します。そのため大富豪は、湖水をポンプで吸い出して湖の底を捜索するという、とほうもない力業を実行していまいます。そのバカバカしさもおもしろいのですが、最後はやはり美しい幻想に圧倒されます。