『しばしとどめん北斎羽衣』(花形みつる)

しばしとどめん北斎羽衣

しばしとどめん北斎羽衣

事業を興してはつぶすことを繰り返してきたダメ人間の父にひどい目に遭わされ続けてきた為一は、またも父からやっかいごとを持ち込まれます。ある日父は、ぼろぼろの老人を拾ってきます。父によるとその老人はタイムスリップしてきた葛飾北斎だとのこと。彼に絵を描かせて一攫千金をもくろむ父は、為一に老人のお守りを押しつけます。
親がダメなために若いのに苦労人体質になり、内心でツッコミを入れまくる為一は、いかにも花形みつる主人公の典型といった感じで、楽しいです。彼が北斎(仮)にふりまわされるさまはとても笑えます。江戸時代人(?)のくせにすぐに現代のテクノロジーになじみ、〈すまほ〉を使ってデリヘルを呼ぼうとしたりする北斎(仮)。彼はただの北斎マニアのボケ老人なんじゃないかと疑いながらも、為一はしだいに北斎(仮)に惹かれていきます。

自ら画狂人と称するほど生涯画業の精進に徹した北斎、と言われてるけど、結局それって、描きたい! 描きたい! 描きたい! ただその思いに突き動かされるまま死ぬまで突っ走っちゃったってことじゃん。
欲望のままに描いて描いて描きまくって、そんな人生って幸せなんだろうな、この春画の男や女たちみたいに……って、ちょっと待て。
こいつら、悩みはないのか。
「好き」なら「やる」のはあたりまえ、みたいな、メンタルとフィジカルが一直線、みたな。そんなのありえない。
(p107−108)

素性のあやしい北斎(仮)は、確かに芸術家の狂気は持っていました。そこにもうひとりり、狂気の現代アート作家が登場します。「美術館にはおさまりきれない政治性とエロと毒のカオス的作風」を持ち、断崖にひしめく美少女の群れを描いた作品を発表した現代アート作家と為一たちは、六本木の美術館で邂逅します。北斎(仮)と現代アート作家、ふたりの狂人の邂逅の裏には、思わぬ秘密が隠されていました。
個性の強い芸術家の狂気を描くことによって、非常に熱量の高い作品になっています。インパクトの強いカバーイラストも相まって、読者の記憶に残る作品になりそうです。