『自転車少年』(横山充男)

自転車少年(チャリンコボーイ)

自転車少年(チャリンコボーイ)

タイムトライアルは、自然を相手に走るんだ。(中略)あいつらは、スピードだけを追っかけている。ぼくらが追っかけているのは、たぶんそんなものじゃない。(p179)

四万十川のある高知県一条市に転校してきた小学6年生の青山颯太は、友達ができずいつもひとりでマウンテンバイクをこいで遊んでいました。そんな彼が、自転車屋のお姉さんや小学生の自転車競技のイベントを企画しているお兄さんに煽られて、3人1組のタイムトライアルレースに参加することになります。
家業の豆腐屋の手伝いで重そうなリヤカーを平然と自転車で牽いている少年や、山道で通りすがりの子どもに自転車勝負を挑み山賊のように校章を奪う少年といった、個性的なプレイヤーが仲間に加わっていくという、スポーツもののお約束はきっちりこなされ、試合の行方への期待感が高まっていきます。
この作品の特徴は、スポーツものとしてのおもしろさを保証しながら、スポ根要素を排除しているところにあります。企画のお兄さんは初心者が不利にならないように、いろんな条件のコースを準備しています。当面のライバルになる隣の小学校の3人組は経験や練習量やマシンの性能では圧倒していますが、いつものように整備された道を駆け抜ければいいだけではないので、つけいる隙はあります。自転車競技を知的なゲームと捉え、その隙を探っていくおもしろさを、この作品はシミュレーションしているのです。
ということで、主人公側の練習も「効率よく、むだなく(p130)」を信条とし、非論理的な精神論は見られません。登場時は頭脳担当に見えなかったキャラが意外な知的さを発揮し、さまざまな戦略を練る過程が読ませます。やけっぱちにしか思えない奇策も登場し、驚かせてくれます。
横山充男ですから、四万十川の美しい風景もたっぷり見せてくれます。自然の美しさと競技の楽しさがとけあった練習・競技の場面はとても魅力的です。スポーツものの児童文学としては、かなりの傑作の部類に入ると思います。