『火打箱』(サリー・ガードナー)

火打箱

火打箱

アンデルセンの初期作品を元にした暗黒メルヘン。物語は「秋の紅葉した落ち葉の絨毯よりも赤く」血だまりが広がっている戦場の場面から始まります。主人公の兵士はそこで死に神を見たのち、獣の皮を被った半人半獣のような男から「きさまは恋に落ち、自分の王国を手に入れる。遠からずして」との予言を与えられます。運命の姫君・魔女・人狼と、童話の世界でおなじみのもろもろの人物と出会いながら、兵士は悪夢のような世界をさまよいます。
兵士を腐肉だと思ってたかってくる青蝿の群れや、公爵の顔中に巣を張って体液を吸い取っている蜘蛛など、直截的に気持ち悪い描写が目を引きます。こうした不気味な虫たちや、獰猛な狼などが怪奇色の強い世界を彩っています。しかし、この作品の根底にあるのは、リアルな戦時の暴力です。
まず、戦災孤児で無理矢理軍隊に入れられた主人公の生い立ちが、作品世界に暗い影を落としています。そんな彼も否応なく戦場の暴力に染まっていきます。

戦場から帰った男が眠っている妻を殺した、という話をよく聞いた。男には妻を殺す気など毛頭なかったし、自分がなにをしているのかという自覚もなかった。しかも、凶行のあいだの記憶がいっさいないという。
(p123-124)

こうした制御できない暴力の象徴が、捨てても手元に戻ってくる凶悪なマジックアイテム〈火打箱〉です。暴力の果てに必然的に導き出される結末には、絶望しかありません。
この作品は2015年のカーネギー賞の最終候補に残りましたが、同時に挿絵に与えられるケイト・グリーナウェイ賞の最終候補にも残りました。これを生かすために邦訳も横書きの本にした東京創元社の判断は大正解です。
基本的にモノクロの本になっていますが、主に血の表現に使われる赤だけは、あざやかに刻みつけられています。この配色の妙によって、読者はページをめくるたびに精神を消耗させられます。そして、ラストの数ページで地獄を見せられることになります。