『あの花火は消えない』(森島いずみ)

あの花火は消えない

あの花火は消えない

小学5年生の少女透子は、母が長期入院するため、祖父母と暮らすことになります。その祖父母の家に芸術家の青年も居候に来ることになりました。透子は、缶コーラを思いっきり振ってから開けないと気がすまない癖を持っていたり、転校した学校でいきなり学級委員に立候補してみたりと、なかなかやっかいな個性を持っている子で、同年齢の子どもとはうまくつきあっていけませんでした。芸術家の青年は無口ですが、ビー玉を器用に操る特技で透子を魅了し、打ち解けていきます。このふたりの交流が、物語の軸となります。
透子の祖母は、成長して青年と同じく絵の道に進んだ透子のふるまいを、「人よりなんぼもしんどい思いをしてきた」人が「疲れた人の心をいや」していると解釈し、そのことを「せつない」と感じています。
しかし透子は、祖母の考えを否定します。

あたしは、人の心をいやすために絵を描いてはいない。うまくことばにできないけれど、絵を描くことが、あたしに力を与えてくれるからだ。
(p140)

ほぼ同時期に刊行された中山智幸の『暗号のポラリス』は難読症の子どもが主人公になっていますが、この作品にも同じような問題意識がみられます。

十代も半ばになって、俺自身が自分とのバランスを崩さずつきあえるようになってくると、将来は俺と似た問題に取り憑かれている子どもたちのための仕事に就きたい、なんて考えたりもした。
でも、いつしか、そんなの嘘っぽく思えてきた。
ほかの誰かで、自分の過去を取り返すなんて、虫のいい話だと。
(中山智幸『暗号のポラリス』(NHK出版・2015)p242)

つらい思いをしてきた人に同じような思いをしている後進をいやしたり導いたりする役割を「背負わせない」こと。この問題意識は、困難を抱えた子どもを描いた物語を考えるさいに重要になってきそうです。